『A & P』

『A & P』 by ジョン・アップダイク 訳 藍(20160827~20161015)


 店内に三人の女の子が水着姿で気軽に歩いて入ってくる。僕は三番レジにいて、入口に背を向けていた。彼女たちがパンコーナーまで来て初めて、僕は彼女たちに気づいた。最初に目に飛び込んできたのは、緑のチェックのビキニ姿の女の子だった。彼女はぽっちゃりした子で、肌がよく焼けていて、大きくて柔らかそうな可愛いお尻をしていた。そのお尻のすぐ下の太ももの付け根辺りは、日光が決して当たらないため、三日月型に白くなっていた。

 僕はそこに立っていて、ハイホー・クラッカーの箱をつかんだまま、その商品をレジに通したかどうか思い出そうとしていた。僕がもう一度レジを打ってみると、お客さんが激しく文句を言い始めた。彼女はレジを見張っているような人で、頬紅を塗りたくり、眉毛のない、50歳くらいの魔女みたいな人だった。僕をやりこめて、彼女は有頂天になっていると僕にはわかった。彼女は50年間ずっとレジを見続けてきて、おそらく一度もミスを見つけたことがなかったのだろう。

 僕が彼女をなだめて、商品を袋に入れると、彼女は去り際、少し僕を小馬鹿にするように鼻を鳴らした。もし彼女が魔女狩りの時代に生まれていたら、セイラムで絞首刑にされていただろう。

 僕が彼女を送り出した頃には、女の子たちはパンコーナーをぐるりと回って、レジと高級食品コーナーの間の通路をカウンターに沿って、僕の方へ、カートも押さずに向かってきていた。彼女たちは靴さえ履いていなかった。あのぽっちゃりしたビキニ姿の女の子がいた。水着は鮮やかな緑色で、ブラジャーの縫い目がまだくっきりとしていたし、彼女のお腹はまだかなり白いから、きっと彼女は水着を買ったばかりなのだろう、と僕は推測した。この子はぽっちゃりした苺のような顔をしていて、唇が鼻の下にキュッとまとまっている、そういう女の子だった。

 そして、背の高い女の子。ちゃんとカールのかかっていない黒髪で、両目の真下にかけて日に焼けている、顎が長すぎる女の子。ほら、わかるだろう、他の女の子たちはとても「素敵」とか、「魅力的」って言うけれど、そう言ってる子たちもよくわかっているように、あまりぱっとしない子。だからこそ、周りの女の子たちは彼女がとても好きなんだけどね。

 それから、そんなに背の高くない三番目の女の子。彼女は女王様だった。彼女は他の二人を引き連れているみたいだった。他の二人は少し背中を丸めて、周りをキョロキョロ見まわしていたが、彼女は周りを見なかった。女王様はそうしなかった。彼女はただゆっくりとまっすぐに、白く長いプリマドンナみたいな足で歩いた。あまり裸足で歩いたことがないみたいに、踵を少し強く下ろすように歩いて来る。踵から下ろし、一歩一歩床を確かめるように体重を爪先へと移動させる、少し慎重に余分な動作を入れながら。

 女の子たちって何を考えているのか、さっぱりわからない。(本当にあの中に思考の芯があると思う? それとも、ガラス瓶の中のハチのように、ほんのちょっとブンブン鳴っているだけなのだろうか?)しかし、彼女がここに入ってみようと他の二人を誘ったのだろうと見当はつく。そして今、彼女は二人に歩き方を示していた。ゆっくりと背筋を伸ばして歩くのよ、と。

 彼女は、全体に小さな凹凸のついた、くすんだピンクの、ベージュというのかもしれないけど、そういう水着を着ていた。僕をときめかせたのは、肩ひもが下がっていることだった。肩ひもは彼女の肩から外れて、彼女の素敵な二の腕の辺りにゆるく巻きついていた。たぶんそのために、水着が少しずり落ちていた。それで水着の一番上辺りに、こんなに輝いている胸の縁が見えている。もしそれが見えなかったら、肩よりも白い部分があるとはわからなかっただろう。水着の一番上と頭のてっぺんの間には、彼女は何も身につけていなかった。へこんだ金属板が光の中で傾いているように、鎖骨から胸元までの清潔でむき出しの肌は光って見えた。つまり、綺麗なんてものを超えていたんだ。

 彼女は、太陽と海水の塩分に脱色された茶褐色の髪を上で束ねていたが、ほどけかけていた。そして、すまし顔をしていた。肩ひもを下げたまま「A & P」に入ってくるとしたら、唯一できる顔はこういう顔だろうと僕は思う。彼女は頭をとても高く掲げていたので、白い肩から突き出た首が伸ばされているように見えた。でも僕は気にしなかった。彼女の首が長ければ長いほど、彼女の肌をいっぱい見られるんだから。

 彼女は視界の端に僕と、僕の背後にいる二番レジのストークシーが彼女を見ているのを感じていたはずだ。でも、彼女は慌てなかった。女王様なんだから動じるはずがない。彼女は棚に沿って目を移動させていった。そして立ち止まると、とてもゆっくり向きを変えたので、僕の胸はいっぱいになってエプロンの内側に擦れるようだった。それから、他の二人が彼女のそばに寄ってきて、彼女がこそこそ何かを言うと、二人はほっとしたようだった。

 それから三人揃って、キャットフード、ドッグフード、朝食用のシリアル、マカロニ、お米、レーズン、調味料、バター類、スパゲッティ、清涼飲料水、クラッカー、そしてクッキーが並ぶ通路を進んでいった。レジから僕はこの通路をまっすぐに、肉の販売カウンターまで見通せた。それで僕は彼女たちをずっと見ていた。日焼けしてぽっちゃりした子がクッキーをいじっていたみたいだけど、考え直したのか、その箱を戻した。(ここに一方通行の標識とかがあるわけではないけど、)女の子たちは通常進むべき方向とは逆に歩いていたから、カートを押しながら通路を進む他のお客さんたちの表情がとても面白かった。女王様の白い肩がお客さんたちの視界に現われると、彼らはドキッとして身を引いたり、跳び上がったり、しゃっくりのような声を出したりしたんだけど、君もこの場にいれば見ることができたはずだよ。

 でも、彼らはさっと自分のカートに目を戻し、前に進んだ。仮に君が「A & P」でダイナマイトを爆発させたとしても、人々は大体、オートミールに手を伸ばして、買物リストに印をつけながら、「ちょっと待って、三つ目に買うものがあったはず、Aで始まるもの、アスパラガス、いや、あ、そうだ、アップルソース!」とか、ぶつぶつ言い続けているものだよ。それが何であっても、彼らはそんなことを呟いているに決まってる。しかし間違いなく、このことはお客さんたちを動揺させた。ピンカーラーをしたままの主婦が数人、カートを押して通り過ぎた後に、自分が見たものは正しかったのか確かめるために振り返ったくらいだ。

 わかるよね、ビーチに水着姿の女の子がいることはありふれたことだよ。そこでは、とにかく太陽が眩しすぎて、そんなにお互いの姿なんか見ていられる人はいないよ。それと、「A & P」の涼しい店内の蛍光灯の下で、積み重ねられた商品を背景にして、緑色とクリーム色のチェック模様をしたゴムタイルの床の上を裸足でぺたぺた歩くのでは、話が違ってくるよね。

「ねぇ、パパ」と、僕のそばでストークシーが言った。「なんだか、めまいがするよ」

「いい子だね」と僕もふざけて返す。「僕にしっかりつかまって」

 ストークシーは結婚していて、すでに彼の身には二人の赤ちゃんがいたが、僕の知る限りでは、それだけが僕たちの違うところだった。彼は22歳で、僕はこの4月に19歳になったばかりだった。

「あれっていいの?」と、彼は責任感のある既婚者が出す声の調子で聞いてくる。言い忘れてたけど、彼はゆくゆくは店長になるつもりみたいなんだ。1990年くらいには店長になってるかもね。その頃には、この店も偉大なアレクサンドロフ&ペトルーシュキ製茶会社とか呼ばれてるかもしれないね。

 ストークシーが言いたいのは、僕たちの町はビーチから5マイルも離れているよ、ということなんだ。岬の方には大きな避暑地もあるけれど、僕たちは今、町のちょうど真ん中にいて、女性たちは車から降りて道を歩く前に、シャツを着るとか、短パンをはいたりするのが普通なんだよ。それに、そういう人たちは大抵、6人の子供を連れた女性とかで、足に静脈の線で地図ができていたりするから、その女性たち自身も含めて、気にかける人なんて誰もいないはずなんだ。さっきも言ったように、僕たちは町のまさに中心にいて、店の入口に立てば、二軒の銀行と、会衆派の教会と、新聞屋と、三軒の不動産屋が見えるし、それから、27人くらいの労働者が中央通りを掘り返しているのも見ることができるはずだよ。下水管がまた壊れたからね。僕たちはケープ・コッドにいるわけではなくて、ボストンの北にいて、この町には20年間海を見たことがない人だっているくらいだ。

 女の子たちは肉の販売カウンターまで行っていて、マクマホンに何かを訊ねていた。彼が指差すと、女の子たちも指で何かを差した。すると、彼女たちはピラミッド型に積まれた「ダイエット・ディライト・ピーチ」の向こう側に足を引きずるようにして消えていった。僕たちの視界に残されたのは、口に手を当てて、足の付け根を品定めするように彼女たちの後ろ姿を見ている、年を取ったマクマホンだけだった。かわいそうな子たち、僕は彼女たちが気の毒になり始めていた。あの子たちはどうしても見られてしまう。

 さあ、いよいよこの話の悲しいところに来たよ。少なくとも僕の家族は悲しいって言うけれど、僕自身はそんなに悲しいわけじゃないんだ。木曜日の午後ってことで店はすごく空いていたし、レジに寄りかかって、女の子たちがまた姿を見せるのを待つ以外は大してすることもなかった。

 店全体がピンボールマシーンのようだった。僕は彼女たちがどの穴から姿を見せるのかわからなかった。しばらくして、彼女たちは向こう端の通路から出てきた。電球とか、安売りの「カリブの6人」やトニー・マーティンのレコードとか、いくら着飾って売り出そうとしても売れないような歌手のレコードとか、6個入りのスナックバーとか、子供たちが中を見ると破けてしまうセロファンで包んだプラスチックのおもちゃとかが並ぶ辺りから彼女たちは現われた。姿を見せた彼女たちは、やっぱり女王様が先頭で、彼女は手に灰色の小瓶を持っていた。四番から七番までのレジには誰もレジ係がいなかったので、彼女がストークシーと僕の間でどちらにしようか迷っているのがわかった。

 しかし、ストークシーはいつもの不運で、灰色のゆったりしたズボンをはいた老人を引いた。その老人が大きなパイナップルジュースの缶を4つも抱えて、よろめくようにやって来たんだ。(こういう無能な人たちは、こんなにたくさんのパイナップルジュースをどうするのだろうと僕はよく自問していた。)

 それで、女の子たちは僕のレジにやって来る。女王様が小瓶を下に置いて、僕は氷のように冷たい手でそれを受け取る。純粋なサワークリームに入ったキングフィッシュ特選ニシンの小瓶、49セント。今、彼女の手は空で、指輪もブレスレットもしていない。神様が作ったそのままの手があらわになっていた。そして、お金はどこから出てくるのかなと僕が思った時、彼女はすまし顔のまま、折りたたんだ1ドル札を、ピンク色の凹凸のある生地でできたビキニの胸の谷間からつまみ上げたんだ。小瓶が僕の手の中で重くなった。本当に、僕はその仕草が凄く可愛いと思ったんだ。

 それから、みんなの運が底をつき始める。トラック一杯分のキャベツの値段交渉をしていたレンゲルが駐車場から戻ってきて、一日中引きこもっている「店長」と記されたドアの中に急いで入ろうとする。その時、女の子たちが彼の目にとまった。レンゲルはかなりつまらない人なんだけど、日曜学校で教えたりしていて、あれを見逃すはずはない。彼はつかつかとやって来ると、「君たち、ここはビーチじゃないんだよ」と言った。

 女王様は顔を赤らめるが、もしかしたら、それはちょっとした日焼けかもしれない。今、彼女は僕の目の前にいるから、僕は初めて日焼けに気づいた。

「お母さんに瓶詰めのニシンを一つ買ってくるように頼まれたのよ」

 彼女の声に、なんていうか、僕はびっくりした。誰かに初めて会うと、その人の声に驚くことってあるよね。凄く平坦で、のろまな声だったけれど、なんていうか、『買ってくるように』とか、『頼まれたのよ』ってゆっくり喋る、その話し方が上品でもあったんだ。

 突然、僕は彼女の声につられて、彼女の家のリビングルームに入り込んでしまう。彼女の父親と他の男たちが透明な色のコートを着て、蝶ネクタイをして、周りに立っていた。女性たちはサンダルを履いていて、大きなガラス皿からニシンの軽食をつまようじでつまみ上げていた。そして、彼らはみな、オリーブとミントの小枝をさした水色の飲み物を持っていた。僕の両親なら誰かを客として迎える時はレモネードを出すし、もしそれがかなり活気のあるパーティーの場合は、新聞漫画がプリントされた細長いグラスでシュリッツ・ビールを出すんだけど。

「それはいいんだよ」とレンゲルは言った。「でも、ここはビーチじゃないんだよ」

 彼が同じことを繰り返し言うから、僕は笑いそうになる。それしか彼の頭には浮かばないみたいだ。彼はこの何年間かずっと、「A & P」は広大な砂丘で、自分が見張り役のトップだとでも思っているみたいだった。彼は僕が笑ったのが気に入らなかったようだ。さっき言ったように彼は大抵のことは見逃さないんだ。それでも彼は女の子たちを、日曜学校で教えている時の地味なまなざしで見つめ続けている。

 女王様の顔の赤らみは今はもう日焼けのせいではない。すると、チェックの水着を着たぽっちゃりした子が急にしゃべり出す。僕は彼女の後ろ姿のほうが好きなんだ。だって、本当に素敵なお尻をしているから。

「私たちはべつにショッピングをしてるわけじゃないのよ。それ一つを買いに来ただけよ」

「同じことだ」と、レンゲルは彼女に言う。彼の目の動きから、彼はやっと彼女の着ている水着がビキニだと気づいたようだった。

「ここに入るときは、ちゃんと服を着ないとだめだよ」

「私たちはきちんとしています!」と、女王様が下唇を突き出すようにして突然言った。彼女は自分の身分を思い出して怒っているのだ。彼女から見れば、「A & P」を経営する連中なんて、とてもくだらなく見えるに違いない。特選ニシンの瓶詰が、彼女の凄く青い目の中で光っていた。

「君たちと口論しても始まらない。これからは何かを羽織って、ここに来てくれないかな。それが私たちの方針だから」レンゲルはくるりと背を向ける。僕はレンゲルの背中に向かって無言の言葉をぶつける。それはあんたのための方針だろ。方針なんて、お偉いさんが望むものだ。みんなが望んでいるのは少年少女の非行だよ。

 この間にもずっと、お客さんたちがカートを押してやって来たけれど、臆病な羊の群れだから、もめごとを見ると、みんなストークシーのレジに束になって押しかけた。ストークシーは、一言も聞きもらさないように、桃の皮をむくくらい丁寧に紙袋を振っては開けていた。僕は沈黙の中で、みんなが緊張しているのを感じ取る。特にレンゲルだ。彼は僕に聞いてくる。

「サミー、彼女たちの買った品物はもうレジに打ったのか?」

 僕は考えてから、「まだです」と答えたけれど、僕は別のことを考えていた。僕は、4、9、食品、合計とキーを打つ。これは君が考えるよりも複雑なんだよ。それに、かなりの頻度でレジを打っていると、レジがちょっと歌い出すんだ。歌詞付きで聴こえるんだよ。僕の場合、「やあ(ビン)みんな、君たちは(ガン)幸せだね(ピシャ)!」って。最後のピシャで、レジの引き出しが飛び出すんだ。

 僕は1ドル札のしわを伸ばす。君の想像が及ぶ範囲で最大限に優しくね。その1ドル札は、僕がそれまでそこにあるとは知らなかった、二つの柔らかすぎるバニラの山の間から出てきたんだから。

 そして、僕は彼女のほっそりとしたピンク色の手のひらに50セントと1セント硬貨をのせ、ニシンの瓶詰を紙袋に入れて、紙袋の上をねじり、それを手渡す。その間も僕はずっと、あることを考えている。

 女の子たちを非難できる人なんていないはずだ。彼女たちが足早に店から出て行こうとしている。僕は急いでレンゲルに「辞めます」と、彼女たちにも聞こえるように言った。彼女たちが立ち止まって、思いがけないヒーローの出現に僕を見つめてくれることを望みながら。

 しかし、彼女たちはそのまま進んで行き、センサーを通過すると自動ドアが開け放たれた。彼女たちは駐車場を駆け抜けて、車の方へ行ってしまう。女王様と、チェックの水着の子と、背の高いイケてない子(素材としては彼女もそう悪いわけじゃないけど)は、眉をしかめたレンゲルのもとに僕を残して去っていく。

「何か言ったか? サミー」

「辞めます、と言いました」

「私にもそう聞こえたよ」

「あの子たちに恥をかかせる必要はなかったじゃないですか」

「私たちに恥をかかせたのは彼女たちのほうだ」

僕は何か言いかけて、口に出た言葉が「ばかばかしい」だった。それはおばあちゃんの口癖だったから、きっとおばあちゃんも喜んでくれただろう。

「君は自分が何を言っているのかわかってないようだね」と、レンゲルは言った。

「あんたもね」と僕は言った。「でも僕はちゃんとわかってる」

 僕は背中に結んだエプロンのひもを引っ張り、それを肩から脱ぎ始める。僕のレジに向かって進んでこようとしていた二人の客がお互いにぶつかり合う。細い通路に追いたてられる豚みたいだ。レンゲルは溜息をつく。すると、彼の顔がとても物わかりのよい、灰色がかった老いた顔に見え始める。彼は僕の両親と長年の友人なんだ。

「サミー、パパやママの手前、君もこんなことはしたくないだろう」と、彼は僕に言う。それはそうだね、僕もこんなことしたくない。でも、一度やり始めたからには最後までやり切らないといけないように思えるんだ。僕は「サミー」とポケットの上に赤い糸で刺繍されているエプロンをたたみ、それをカウンターに置いて、その上に蝶ネクタイを落とす。不思議に思うかもしれないけど、蝶ネクタイは店のものなんだ。

「君は一生、このことを後悔することになるぞ」と、レンゲルが言う。そして、僕もその通りだろうなと思う。でも、レンゲルがあの綺麗な女の子の顔をどれほど真っ赤にさせたかを思い出したら、僕は内心とてもムカついたんだ。僕は「販売終了」のキーを叩きつけた。すると、レジの機械は「ピー、プル」という音を立てて、引き出しが飛び出した。

 この出来事の起きた季節が夏でよかったことが一つあった。僕はこの後、きれいに退場できる。コートや長靴を身につけるのに手間取ることもなく、昨夜母親がアイロンをかけてくれた白いシャツのまま、自動ドアのセンサーへと僕は平然と歩いていく。ドアが重々しく開き、外では太陽の光がアスファルトの上でスケートを滑るように舞っていた。

 僕は辺りを見回して、僕のいとしの女の子たちを探したけれど、もちろん、彼女たちはもうどこかへ行ってしまった。子供連れの若い女性がいるだけだった。彼女は淡い青色のファルコン型ステーションワゴンのドアの横で、キャンディーを買ってもらえずにぐずぐずしている子供たちに金切り声を上げている。振り返って見ると、ミズゴケの袋やアルミニウムの屋外用家具が通路に積み上げてあるその先の大きな窓越しに、レンゲルが僕のいた三番レジに立って、羊たちをチェックしながら通しているのが見えた。彼の顔は暗く灰色がかり、背中はまるで鉄の棒でも打ちこまれたかのように硬くこわばっていた。そして、僕の胃がなんだか沈んでいくように感じ、これから世の中は僕に厳しくなるのだろうなと身に沁みていた。




藍's color

新宿ルミネの7階辺りに劇場ができたばかりの頃、レナちゃんと観に行った。次々と漫才師が繰り出すボケとツッコミに、二人してゲラゲラと笑っていた。by 藍 (懐かしい、美しいものばかり思い出されるのだから。by 太宰治)

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