『帰り道にて』6
『The Way Back』 by ジェイミー・フューワリー 訳 藍(2021年07月09日~2022年07月03日)
「どう? 私いい感じでしょ?」グレーのラムズウールのセーターに、黒のジーンズ、赤いコンバースを履いて、彼女が目の前で立ち上がった。
「ひどいな」
「パトリックったら」
「君は何を着たって素敵だよ。いつだってそうさ。さあ、行こう」
クロエは彼の後について寝室を出ると、階段を下りて1階の廊下に出た。
パトリックは、マギーと引っ越してきて間もなく、廊下の壁をクリーム色に塗って、そこに家族の写真を並べるように飾った。中でもここを通るたびに彼の目を引き付ける写真が2つあった。1つはアイラ島の浜辺で姉と妹と3人で写っている写真だった。そしてもう1つは、何年も前のクリスマスにソファで4人が揃っている写真だ。真ん中でアンドリューが両手を上げている。
旅から帰ってきて以来、弟のことがパトリックの頭から離れることはほとんどなかった。この数週間、彼はジュディスに連絡を取ろうかと考えていた。1人の男が接点となり、微かに重なった全く別々の家族の間に、何らかの関係を築こうかと考えた。しかし、Facebookで検索する前に手を止め、パトリックは、アンドリューが去ったのには理由があったんだと自分に言い聞かせた。その解釈は、家族それぞれが自分の胸によく聞いて嚙み締めればいいのだが、それを尊重してやることが重要なんだ。ジュディスは直接連絡を取らず、そっと新聞記事だけを送ってきた。彼女はそれだけを望んでいて、誰にも、それ以上の関係にまで広げようとする権利はない。
「やっと来たわね」とジェシカが言って、写真が並んだ廊下を抜け、キッチンに入っていった2人を出迎えた。クロエがすでに彼女に対して尻込みしているようで、その様子を見て彼も少したじろいでしまう。
「黙れ」と彼は茶化すように言いながら、姉を抱き締め、義理の兄の手を握った。「ここまで、いい旅だった?」
「よかったわ。でも、その話はしたくないの」ジェシカはそう言うと、彼を押しのけ、両手を広げながらクロエに近づいた。「こちらはたしか―」
「クロエだよ」とパトリックが言った。「クロエ、彼女がジェシカ」
2人はまるで昔からの知り合いのように抱き合った。少なくともジェシカはそう振る舞っていた。クロエの方は少し緊張しているように見えた。ジェシカは意識してそういう振る舞いができることを彼は知っていた。
「会えてすごく嬉しいわ」とジェシカが言った。
「またまた。そんな」
「あのね、最初にあなたたち2人が話してるのを見た時...」と彼女は、最後にクロエを見かけたのは父のお別れ会だったはずだが、その話題を避けて言った。「私は彼がバーメイドを口説いてるのかと思ったのよ。で、彼をこっぴどく叱ったの」
「たしかに、彼は口説いてきました」とクロエが言うと、ジェシカは声を上げて笑った。冗談で言ったつもりが正しかったから、というよりも、彼女を受け入れた感じの笑い方だった。クロエは印象を良くしようとして、そう言ったのだろうか? パトリックには真意がわからなかった。
「とにかく」と彼が口を挟んだ。「これからの計画は?」
「そうね、まずみんなで散歩でもしようかと思ってるんだ」とカースティが言った。「海岸沿いを歩いて、いい場所を選びましょ。それから一旦ここに戻ってきて、夕食を食べてから、実行しましょう。真夜中にね」
「いいね」ジェシカは紅茶を一口すすってから、言った。「いい感じ」
パトリックが料理した夕食を食べ終え、デザートも食べ、ワインをみんなで分け、ボトル1本をほぼ空にしたところで、カースティ、ジェシカ、ダン、クロエと彼の5人はコートを着込んで、古い邸宅の玄関で待ち合わせた。その日の朝、彼は新聞を買いに出たついでに、秋からキャンピングカーを停めっぱなしの近くの駐車場まで行って、釣り具箱を車から運び出し、家に持ってきていた。
「凍えそうじゃない?」とジェシカが言った。
「マイナス2度って言ってたわ」とカースティが言った。
「マジかよ。じゃあ、さっさと済ませた方がよさそうだな?」
パトリックは5人の小さな一団の先頭に立って、玄関前の踏み段を下り、通りに出た。道を進み、漆喰(しっくい)の壁が建ち並ぶ邸宅街へと向かう。道の突き当りに〈キングス・エスプラネード通り〉があって、その向こうが海岸だ。その途中、キャンピングカーを停めてある駐車場を通りかかった。再び土や埃を被ってしまったが、パトリックは、まだそれを売る気にはなれなかった。
小さなスロープを下りると、子供の頃によく過ごした砂利ばかりのビーチに出る。パトリックは、iPhoneをトーチ代わりにして前方の足元を照らしながら、早足で歩いた。(予想以上に寒かった。)他のみんなも同意見らしく、凍えそうだよ、などと呟きながら彼の後についてくる。
「この辺りでいいかな?」と彼は、横殴りの風の音と打ち寄せる波の音にかき消されないように声を張った。昼間、子供たちも連れてここに来た時、ビーチ小屋の前にある古いコンクリートの壁に向かって、ボールを蹴って遊んだ場所だ。
「どこでもいいわ」とジェシカが叫んだ。「とにかく急ぎましょ!」
「待って。これは深遠なる儀式のはずでしょ」
「寒すぎて深遠になんかなれないわね」
パトリックは釣り具箱を砂利の上に置くと、それを開けた。まず最初にウィスキーのボトルと、カップを5つ取り出し、それをみんなに回して、それぞれに少しずつウィスキーを注いでいった。 次に彼は、ポート・エレンで少し残しておいたジェリー・カドガンの遺灰が入った骨壺と、妻のスーの残りの遺灰を納めた骨壺を取り出した。暖炉の上に何年も祀(まつ)ってあった壺だ。彼は両方の壺を開き、姉妹に一握りずつ取るように促した。3人は右手と左手を、ジェリーとスーの遺灰を合わせると、靴の底がちょうど水際を踏むところまで歩を進めた。
「準備はいい?」と彼がクロエに呼びかけると、彼女はポータブル・スピーカーの再生ボタンを押した。彼が父のリクエスト曲を用意しておいたのだ。『ウー・ラ・ラ』のギターリフが流れ出し、パトリックが「スリー、ツー、ワン」と声を上げた。
パトリック、ジェシカ、カースティ、カドガン家の3人は、一斉に宙に向かって両手を広げた。
〔訳者あとがき〕
藍はやっぱりジェシカが好きだな。タバコを吸っていることを隠しているつもりが、全員にバレてるとか、爆笑
帰ろうと思ったらパスポートがないとか、笑
色々ユーモアに溢れているというか、コーヒーメーカーを旅に持参しちゃうとかね! 実は藍もコーヒー好きなんですよ!←知らねーよ!!
あと、藍もきれい好きだから、旅から帰る道すがら、マンチェスター辺りで一泊したら、ジェシカみたいに真っ先にお風呂に入るだろうな!(一旦冒険したり、雨に打たれたりしないことには、その後の爽快感って味わえないんだよね。by 藍)
タイトルの『The Way Back』は、もちろん「ホームに帰る」って意味もあるんだろうけど、あと藍の予想では、「過去に遡る」ですね! あれこれ、フランス旅行とかを振り返ってましたよね~! あと何を思い出してたっけ?(思い出せねー笑)
そんな、老いが始まっている藍ですが、プロローグで描かれていたジェリーの晩年の悲哀を知るには、まだまだ青二才の甘ちゃんですね。実はドイツに旅立っていたアンドリューに憧れている藍です。笑
スマートウォッチで浮気がバレたというエピソードは、藍的には、何かの海外ドラマ(『Younger サバヨミ大作戦!』だったかな?)で見たことがあったので、そんなに驚きませんでした。そういうトリッキーさよりも、人間同士のガチンコのせめぎ合いですね、この小説の醍醐味は! 血を分けた兄妹だろうが、ゆずれないものはゆずれないし、腹も立ちます!
ただ、折り合いをつけて、目をつぶるところは目をつぶって、欠点を受け入れて仲良くやっていきましょうね。たとえそれが遺伝子に逆行(way back)する行為だったとしても...
スーの死だけが謎のままでした。←人はみんな死ぬんだよ。
2022年7月3日 乃木坂に咲いた『君に叱られた』を聴きながら。←それって、「庭に咲いたヒヤシンスの花を眺めながら。」とかって締めるんじゃね!爆笑
閃いた! たぶん『The Way Back』を書いた時、著者の念頭にあったのは、ビートルズの『ゴールデンスランバー』だ!!
Golden Slumbers by Paul Mccartney / John Lennon
Once there was a way
To get back homeward
Once there was a way
To get back home
Sleep, pretty darling, do not cry
And l will sing a lullaby
Golden slumbers fill your eyes
Smiles await you when you rise
Sleep pretty darling, do not cry
And l will sing a lullaby
父へのララバイ(父よ、安らかに眠れ)ってことか♬
そうすると、『Our Life in a Day』はビートルズの『a day in the life』の変奏曲なんだ!←気づくの遅っ!!笑
〈追記〉
この〔訳者あとがき〕でビートルズの『ゴールデンスランバー』について書いたことがきっかけとなり、何年かぶりに伊坂幸太郎の『ゴールデンスランバー』を読み返していた。第一部~第三部は比較的短いので数日で読み通し、第四部の青柳パートに入った翌日くらいに、現実世界の事件が飛び込んできて、どっちが小説の中か見まがうくらいの衝撃を受けた。
それからというもの、リアルとフィクションの狭間でなんだかふわふわしている。
英語と日本語の間を揺れ動きながら、この小説を訳している時、ジェリーが好きだった曲が出て来るたびに、グーグルで検索し、実際にどんな曲か聴いてみた。どれもリアルに存在する曲で、でもそれらを聴いていたジェリーは、もういなくて...
ジェリーが好んで聴いた曲はどれもバンドとか、男性ボーカルの曲ばかりだった。←君が好きな曲はアイドルソングばかりだね...
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