『卑劣な星たち』1
『Vile Stars』 by セラ・ミラノ 訳 藍(2022年04月15日~)
もぎたての果実みたいなストーリーを君に!(どんなストーリーか知らないけど...笑)
昨日発売したばかりの小説なので、読み始めた人は世界中で藍一人かも! Amazonに感想もレビューも星の数も、なにもない!(よっしゃー!!)
藍が翻訳という粉をぱらぱらとふりかければ、あら不思議🎵 君の瞳と画面の間にひらひらと、浮かび上がらせて“見せ”ましょう🎵←パンツを?笑笑←なんでだよ!!!
1
私の名前はルカ:イントロ
「人生は続いていく」
アニタ・レッドマン(駅長補佐)
もちろん、線路内の惨状をきれいにすることが先決でしょう。
ジェームス・タベス(駅長)
まずは遺体搬送を丁寧に行うことだ。交通警察が駆けつけ対処する。救急車を呼ぶ。我々は乗客の混乱を抑えながら待機する。最初は死んでいないケースもある。家族に連絡しなければならない場合、待機時間が長くなるが、我々は常に敬意を払って対応しなければならない。
アニタ
それが済んだら、線路内の汚れとかをきれいにしないといけません。守るべき手順があるから、ちゃんと片付けるまではお客さんを帰すわけにはいきません。ピカピカにするということではなくて(そもそも駅がピカピカになるわけないですし)、痕跡が見当たらなくなるまで片付けてから、電車の運行を再開させます。その辺はしっかり処理してからでないと、この先問題が生じ、どのみちお客さんから苦情が出ることになります。待たせている間、お客さんたちは目的地にたどり着けないことを嘆き、さっさと動かせ! とがなり立てます。でもそんなの、夕食を逃すかもしれない程度のことでしょうし、他人の小さな悲劇なんて誰も気にしません。
ロウシーン・ケリー(18歳、ルカの親友)
本当に覚えているのは、あの時の叫び声だけなんです。
アニタ
私が言っているのは、血痕とかを速やかに線路からきれいになくさないといけないってことです。死傷者が出た場合の最優先事項は、まさにそれです。
ロウシーン
あの時、ルカを見つけたというテオからの電話を受けた時、私は彼の声音からすべてを感じ取りました。彼はほとんど言葉になっていない声を発しただけですが、恐れていたことのすべてが、その声の震え方から伝わってきました。そして私の喉の奥には、内側からこみ上げてくる、自分の声とは思えないような唸(うな)りが渦巻き始めました。人間としての発露のように。私は現実がどうなっているのかを知る前に、彼が話し出す前に、叫んでいました。その声だけははっきりと覚えています。私は声の限りに叫んでいたんです。
アニタ
そうすれば、私たちは日常に戻れますよね。こういうケースでは、それが最優先なんです。
それでも人生は続いていくのですから。
2
ルカ・ブースからの手紙
2019年10月20日
ママへ
今日で1年になるけど、知っておいて、私はあなたを許したわけじゃないよ。ママがウィリアムと結婚したこと。こんな国に私まで連れて来て、彼の馬鹿げた家に住まわせたこと。彼の馬鹿馬鹿しい人生に、私たちを引きずり込んだこと。全部、許したわけじゃない。
改めて知っておいて。私はアリゾナが恋しいの。ソノラ砂漠の巨大なサボテン、あの筋肉隆々の男性みたいなシルエットが懐かしい。またメキシコ料理をたらふく食べたい。地平線にそびえる山々、暗闇の中でサイレンのように叫ぶコヨーテ。からっと乾いた暑さと、熱い雨が恋しい。私はまだあなたを許したわけじゃない。こんな、じめっと湿った暑さと、じとじとした雨しか降らない場所に私を住まわせて。
何よりも、私はママが死んだことを許さない。ママのせいじゃないのはわかってる。だけど本音を言わせてもらうと、なに馬鹿な事やってんのよって、ほとほと呆れちゃうわ。
あれから1年。1年間、私は呼吸して、食べて、寝て、毎分毎秒、惨めな思いをしてきたの。それなのに、ママはここにいない。惨めな思いすらしていない。あと何年あなたは行方不明でいる気? 私はようやく18歳。こんなにいっぱい背負い込めないわ。
ただ理解できないだけなの。あなたが今どこにいるのか理解できない。なぜ隣の部屋で私を待っていてくれないの? 私の脳の理性的な部分は、そんなことあり得ないって囁く。でも、もしかしたらママがいるんじゃないかって、固唾をのんでドアを開ける自分もいて。
あなたは今どこにいるの?
「死者を蘇らせる方法」なんてググっちゃったわ。何度もググりすぎて、検索バーをクリックするだけで、この文字が出てきちゃうのよ。もう誰にも私のノートパソコンを使わせるわけにはいかない。こんなの見られたら、気がふれたって思われちゃう。っていうか、もうママに会えないと思うだけで、ほんとに気が変になりそうだよ。まだどうにか正気を保ってはいるけど、自分が健全な状態だとも思えない。あなたは私の人生の大部分だったから。それがすっかり消えちゃったから。当たり前に付いてた手足がなくなったみたい。もう腕がないのに、あなたを求めて手を伸ばしてるみたい。
そして空(くう)すら切れなくて、私はいつもバランスを崩して倒れるの。
私はあなたを許さない。
というか、私は私を許さない。ママにとって、もっと私が大切な存在だったら、きっと踏みとどまってくれたんだよね。っていうか、どうして私とアレックとアレグラのために、踏みとどまってくれなかったの? 私たちにとって、ママはかけがえのない存在だった。もちろん、癌が一番許せない。だけど、私たちがママを救えたはずだって今も思うの。私たちを愛してくれれば、回復への道につながったはずだって。ただ見ているだけじゃなくて、私たちにも何かできることがあったはずだって。
何でもいいから何か。
とにかく。
あなたが死んでからというもの、善意の人たちが繰り返し私に言います。あなたは私を見守ってくれているんだって。そう思えば、あなたがここにいないという事実は解決されるとでも言うように。私はこれからの1年に向けて、いくつかの願い事をします。あなたのいない2年目に向けて。
もし生き延びなければならないのなら、せめて少しでも生き返った気になれる時間が欲しい。だから、次のことを願います。
1. 一日中どんな瞬間も、あなたのことを考えないで過ごせるようになりたい。
2. あなたのことを考えていない時にも、考えていないことに罪悪感を感じないで済むようになりたい。
3. ウィリアムがしつこく私に「大丈夫か?」って聞いてくるから、それをやめさせたい。彼がいっさい話しかけてこなくなれば、きっと素晴らしい時間が流れるわ。
4. 高校を卒業したい。私の優等生のイメージ通り、優秀な成績で卒業できればそれに越したことはないけど、今は卒業できさえすれば、それで十分。
5. 彼氏ができたらいいなって思う。浅はかな考えだけど、同学年のみんなが突然、彼氏と連れ立って歩き出すのを見て、私もって思うんだけど、私ったらうっかり、呼び出しのメモ書きとか、そういう私へのアクションを見逃してしまったような気がする。そんなこと気にしててもしょうがないってわかってる。けど、私はただ、彼氏が欲しいの。きっと、きっと救いになってくれるはずだから。
6. 私は幸せになりたいのよ、ママ。それがどういう時間だったか、思い出したい。
それくらいね。他にも何か願い事があれば、また手紙を書くけど、今のところはこれくらいで十分だと思う。明日は、天体観測みたいなパーティーがあるのよ。学校行事だし、パーティーとは呼べないかもだけど、私もそこで、願い事をたくす星を探そうかな。
とにかく、不幸な記念日ね。ママがいなくて寂しいわ。
私はまだ許してないよ。
でも、同じくらい大好き。
愛してる。
ルカより
3
私の名前はルカ:エピソード 1
2020年8月
「すべてが始まったらしき場所」
アレック・ブース(17歳、ルカの弟)
よし、録音されてる。始めていいよ。
ロウシーン
どこから話せばいいの? 私にはストーリーテリングの才能がないの。私の国語の成績を見ればわかるわ。それに、ルカがいないところでルカの話をするのって、なんだか間違ってる気がする。
アレック
それはそうだけど、彼女について話すわけじゃない。彼女の周りで何が起きていたのか、そこを明らかにしないことには、問題は中途半端なままだ。俺たちはみんな、それぞれがそれぞれの内側に抱えていたことを、いわば隠してきた。それをみんなで共有し、全体像を眺めること。それが今回の大きな目的なんです。もう思い返したくない気持ちはわかるけど、これは必要なことなんです。周りにいたみんなの、それぞれの思いを記録することで、俺たちが見逃していたことが見えてくるかもしれない。何かできることがあったんじゃないかって。
シオ・アプフェル(17歳、アレックの連れ)
できることなんて何もなかった、僕たちにはどうすることもできなかったんだってわかることもまた、時には救いになってくれるんだよね。
アレック
結果そうなるかもだけど、こうして、俺が録音して、それをポッドキャストで流そうとしているのは、すべてをくぐり抜ける必要があるって思うからだよ。みんな自分に厳しく語ってくれないと困るし、彼女に対して気を遣う必要もない。部分的に飛ばすことはできないし、すべてをきちんとくぐり抜けないと、ストーリーが成り立たない。彼女の手紙もたくさん手元にあるから、レコーディングの形ではないけど、ちゃんと彼女の声も、みんなの声と同様にこの作品の一部になる。何より、俺がこうしてみんなの声を録音しているのは、それを必要とする誰かがこのポッドキャストを聴いて、そこに自分の声を見つけるかもしれないからなんだ。俺はそれで十分だと思ってる。
シオ
どこから話したっていいんだよ、ロウ。すべてが始まったと、君が思えるところから話せばいい。
ロウシーン
そうすると、あの夜かな。星占いみたいな会があった夜。
シオ
星占いっていうか、天体観測ね。
ロウシーン
シオ、星占い(astrology)も、天体観測(astronomy)も、大してスペルが変わらないんだから、どっちだっていいでしょ。とにかく、あの夜、あなたたちもそこにいたわね。家を出る前、二人でベッドの上で、ぐずぐず座ってた。私もいつものように、あなたたちのベッドの端に座って、ゆっくりくつろいでから行こうと思ったんだけど、彼女が焦り出しちゃって。
シオ
そう、彼女は繰り返し僕たちをせかしてきた。「どうしてそんなに時間がかかるの? 私なんかもう着替えて、支度して、準備万端よ。待ちくたびれちゃったわ」って。
ロウシーン
私が顔を直し始めたら、彼女が、「あなたはもう素敵よ、ロウ、ほら」って小さな鏡を私の目の前に差し出してきたから、私はそこに映る自分の顔を見て、首を横に振ったわ。
「素敵? 私はそんなの目指してないわ。いつから素敵が全員の目標になったのかしら? とにかく、あと5分待って。私は眉毛をね、もっと強く、こう突き出る感じにしたいのよ。顔から眉毛が勝手に歩き出して、お前の顔を蹴り飛ばすぞ! みたいな」
アレック
それは俺も覚えてる。俺はあえて眉をひそめて言った。「彼女の言うとおりだぞ。眉毛ってのは威嚇するためのものだ。武器を整えてからでないと家を出るべきじゃない。何がイケてるとかそういう問題じゃなくて、眉毛は護身術の一種なんだ。その、眉毛を書いてる鉛筆を貸してくれ。俺はそれで、もっと体毛を濃くするよ」そして俺が手を伸ばすと、シオが笑いながら、俺の空いた脇腹に抱きつくようにタックルしてきたんだ。
ロウシーン
ルカは私の横でぐちぐち言ってたわ。「この二人が今からベッドで始めちゃったら、今夜、外に行けなくなっちゃうじゃない」って。あの夜、彼女はなんだかそわそわしてた。まるで何かを待ってるみたいに。そして、いつものことながら、彼女は素敵だった。全くおしゃれも努力もしてないのに、それが信じられないくらい、彼女は光を放ってたわ。黒のジーンズに、バンドのロゴが入ったTシャツを着ていた。Tシャツのネックラインを切って広げてはいたけど、そんなのおしゃれのうちに入らないでしょ。それと、首からペンダントをぶら下げてたわね。
アレック
それはママのロケットペンダントだよ。ハートが二つにパカッと開いて、ハートに包まれるように編んだ髪の毛が入ってる。ルカとママの髪を三つ編み状に絡めたものなんだ。彼女は決してそれを外さなかったな。
ロウシーン
化粧すら全くしなかった。あんなの不公平よね。だから、私が油絵かってくらい、私自身が美術館に展示されちゃうくらい化粧を塗りたくってる意味が、彼女にはさっぱり理解できなかったのよ。でも、それが私なの。その方が気分いいし、私は塗りたくりたいの。そして、名画ばりに立派な顔を完成させるには、当然時間がかかるでしょ。それなのに彼女は初めから、自然のままで綺麗なんだもん。彼女は私に向けていた手鏡を膝の上に置いて、言ったわ。「もう外は暗いのよ、ロッシュ。あなたの眉毛がラップのステップで『チャチャ・スライド』を踊ってても、暗くて誰も気づかないの。流れ星を見つける会なんだから、早く行かないと見逃がしちゃうでしょ? もう行かなくちゃ」
シオ
「流星群」と僕が、アレックの腰のあたりに抱きつきながら言ったんだ。言った瞬間、ルカとロウの視線を感じて、いつものことながら緊張しちゃったよ。「今夜、オリオン座流星群が見れるかもしれない。流星群っていうのは、流れ星じゃないんだ。彗星(すいせい)のしっぽから降ってくる土砂みたいな破片だよ」
「へえ、そう。なんだかロマンチックな言い回しね」とロッシュが、ブラシやパウダーを小さなバッグに詰め込みながら、けなすように言った。べつに僕は、けなされたとは受け止めなかったけどね。
ロウシーン
ちょ、ちょっと待ってよ。これって私の悪口を言う場なの? あなたね、そういうことは私のいないところで言ってよね。この場にいる人同士でやり合っても仕方ないでしょ。
アレック
頼むよ。録音してるんだから。ストーリーを語ってくれないと。みんなして、「あなた」「あなた」って言ってると、聞いてる人が誰のことを言ってるのか混乱するだろ。そうだな...見知らぬ誰かに説明するように、丁寧に語って聞かせてほしい。登場人物を立ち上がらせて、流れがわかるように。
ロウシーン
妙なことを言い出すのね、アレック。いいわ、小説風ね。そこでシオは、目を見張るばかりの気取った表現を続けた。これでわかりやすくなった?
シオ
おい―
ロウシーン
しっ、黙ってて。知らない人にストーリーを語ってるんだから。
「今も上空を、彗星が流れてるよ」とシオは片手で弧を描きながら言った。「肉眼では見えないと思うけど、望遠鏡があれば見える、というか見つかるかもしれない。あそこには大きな望遠鏡があって、次々と新たな彗星が発見されてるんだ」
「新たな彗星?」と私は言った。「またロマンチックなこと言っちゃって。グリニッジ天文台が主催してる堅苦しい天体観測会よ。そんなロマンチックなわけないじゃない」そこでアレックが口を挟んだ。「学校が強制的に参加を促してるのは、あそこならば、バカ騒ぎはできないと踏んでるからに決まってる。天文台は慎ましやかな場所だからな。彗星に興奮してるのは、シオみたいな科学オタクだけだろ」
シオが再び彼にタックルして抱きついた。私はルカがまたキレそうになって、苛立った声を上げるのを待った。
アレック
「彗星は卑劣な星々」ルカはその時スマホの画面を見ていて、読み上げるようにそう言った。「不吉な星なんだって、この記事によるとね。古代中国の天文学者はそう唱(とな)えてたみたい。彗星が現れるたびに...何かとてつもないことが巻き起こって、古いものが一掃され、新しいものが確立される」
シオ
ルカは立ち上がると、バッグを手に取った。
ロウシーン
「まあ、私はちゃんと心の準備ができてるから大丈夫」とルカは言った。「さあ、行きましょ」
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〈登場人物〉
ルカ(18歳)
ロウシーン(ルカの親友):ルカに嫉妬。ロウ、またはロッシュと呼ばれてる。
アレック(ルカの弟):みんなの声を集めてポットキャストに流し、見知らぬ誰かを救いたい。
シオ(アレックの連れ(恋人))
『ダッシュ』シリーズの時もそうだったけど、主人公(女子)の男兄弟って、常にゲイなの? ゲイなのはいいんだけど、「常に」っていうのが面白い!笑←常にじゃないだろ。笑
亡きママ
アレグラ(ルカの妹)
〔ここまでの感想〕
彼女の言うことを周りがいちいち否定し続けていると、彼女は「自分が考えることはおかしいのかもしれない」と疑心暗鬼に囚われるようになるらしい。←こわっ!
ただ、藍には、否定するしないの前に、話を聞いてくれる人がいない...号泣←そっちの方がこわっ!!爆笑
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4
アレック
グリニッジ天文台の展望台は、かなり遅い時間にもかかわらず、混雑していた。俺らと同じ学校行事で来た学生がほとんどだったが、あの夜は一般にも開放されていたので、ヒッピーっぽいひげ面の野郎とか、初デートのカップルとか、祖父母に付き添われ、とっくに就寝時間を過ぎて眠そうな子供たちが、いい具合に混ざっていた。
ロウシーン
グリニッジパークのめちゃくちゃ急な、あの坂道を登って展望台まで行ったんだけど、たどり着いた頃には私はもうへとへとだったわ。周りを見たら、結構お年寄りが参加してたから、びっくりしちゃった。ガゼルの足でも授かってるのかしらって。
グリニッジ王立天文台は、この近辺の学校に通う私たちにとっては、もちろん新鮮味のない場所ね。学校行事で行く以外にも、みんな親に連れられて、一度は「教育的な楽しみ」とかいう名目で、あそこの古時計のコレクションを見に行った経験はあるはず。なぜ古いというだけで、その場所が「教育的」になっちゃうのか私にはよくわからないけど、iPhoneは買って5分も使えば、もう新鮮味が薄れていくのは確かね。それに比べて、500年前に誰かが作った時計は魅力的なんでしょう。
それでも、星に関する展示や望遠鏡のたぐいは、まあまあね。誰かに、カシオのG-SHOCKとか、旧式の時計のコレクションを見せられるよりはまだまし。私でも少しは楽しめるかな。
アレック
本初子午線(この線を境に世界がパカッと真っ二つに割れるイメージを俺は幼い頃から持っていた)をまたいで写真を撮っている観光客の一団をすり抜けるように、俺たちは空(す)いている角辺りまで行った。シオが周りをうかがうようにきょろきょろしていた。何を探してるんだろうと思って、振り返ると、彼がそっと手を伸ばしてきて、俺の手を握ったのが感じられた。
シオ
ちょっとしたエチケットだよ。人前でボーイフレンドとイチャイチャしたくなったら、まずは周りを確認しないとね。
僕はグリニッジ天文台で行われるイベントには、何度も足を運んだことがある。ロッシュが上手く僕を描写してくれたけど、僕は宇宙オタクだと言えるね。特に宇宙進化論が好きなんだ。僕たちが住んでるこの辺りは、ロンドンの中でも、天国だよ、オタクにとってはね。定期的に夜会が開催されて、天文学者が実際にやってきて、一般市民と話したり、質問にも答えてくれる。通常のプラネタリウムショーもあるし、列に並んで待つのをいとわなければ、天文台のドームの下にあるヴィクトリア朝時代に作られた巨大な望遠鏡を覗くこともできる。僕は毎回、身震いしながら覗いてるよ。
しかし、あの夜は人でごった返していた。普段よりずっとね。
アレック
俺が参加するようなパーティーでは、まずお目にかかれないけど、あれはカルテットっていうのか、4人の大小さまざまな弦楽器を抱えた演奏家が、展望台の真ん中にある小さなステージの上で、きれいな、讃美歌っぽい曲を演奏してたな。
シオ
組曲『惑星』から、有名な「ジュピター」だよ。ステージのすぐ下では、老夫婦が音楽に合わせて腰をくねらせていた。小さな子供たちも駆け寄ってきて、真似して、腰をくねらせ始めたね。
僕たちと同年代の人たちのほとんどは、展望台の端っこに移動したり、丘のところまで戻って腰を下ろしたりしていた。時折、新たな講演とかプラネタリウムショーが始まるというアナウンスが流れたけれど、みんな無視して暗闇の中でうわさ話に興じていた。
木々や展望台の端の手すりには、ひも状の細かな照明が巻き付けられていて、ほのかな光を辺りに放っていた。スタッフが待機していて、温かい飲み物や、小さな器(うつわ)に入った焼き甘栗を配っていた。甘栗には砂糖がふりかかっていて、白く光っていた。賑やかだったけど、美しかったね。
ロウシーン
展望台の人混みを通り抜けながら、ルカは首をかしげ、顔をしかめて言った。「どうして電気を消さないの? これじゃ、流れ星が一つも見えないじゃない」
アレック
シオがルカに微笑(ほほえ)みかけながら言った。俺を見つめる時と同じ、守護聖人並みに慈(いつく)しみ深き微笑(びしょう)でな。「まだ流星群がたくさん降ってくる時期じゃないんだ。このイベントの目的は、何かを見ようってことではなくて、星について学ぼうってことだよ。その後、グリニッジパークに戻って星を眺めたり、天体望遠鏡の列に並んだりすればいい。今夜彗星をチラッとでも見るには、それしかないね」
シオ
ここの目玉はやっぱりあの巨大な〈赤道儀〉だね。僕はあれにちょっとした愛着があってさ。英国最大の天体望遠鏡だし、歴史を感じるよね。天文台タワーの頂上にあるドームの下、梯子(はしご)や支柱に囲まれた部屋にデンッと置かれてるんだ。外から見ると、フランケンシュタイン博士が怪物を育てていそうな場所で、中に入ると、もっと物置感が増す。だけどそこには、宇宙全体が広がっているんだ。
アレック
俺も以前、シオに連れられて見に行ったことがあるよ。「宇宙」って一言で言っても、それがどれだけのものを含んでいるのか、想像もつかないだろ。夜空を見上げれば、暗闇が果てしなく広がっていて、黒一色の空に、点々と細かな星々が散らばってる感じだな。
それが、あの望遠鏡を通してみると、黒いテーブルクロスの上に砂糖をドバッとこぼしたみたいな感じになるんだ。たくさんの光が無限に広がっていて、たくさんの星々が、さまざまな色で、ぼんやりと、あるいははっきりと、いろんな模様を描き出しててさ。あれを見てると、脳が勝手に模様の意味を解明したくなるよ。
あれを見ちゃったらもう、普段の夜空も暗闇だとは思えなくなる。夜空は光を隠してる薄いベールに過ぎないって気づくんだ。
「ほら、お前は望遠鏡を覗きに行ってこい」と俺は、ルカの肩を軽く押してやった。「早く行って列に並んでこい。シオがプラネタリウムのショーを何億回と繰り返し見たがってるから、俺たちはついては行けないけどな」
ロウシーン
「シオは暗いところで寄り添っていたいのよ」と私は入れ知恵をした。当然、私はルカと一緒に夜を過ごすことになるし、誰もオタクカップルのお邪魔虫になんてなりたくないでしょ。
シオ
「そうじゃなくて、こういうイベントの夜には、プラネタリウムに天文学者がゲストとして来るんだよ! まだ話を聞いたことがない人だから、聞いてみたいんだ!」
アレック
実際のところ、シオは暗闇の中で寄り添いたがっていたよ。
ロウシーン
私たちは、男子二人がプラネタリウムの中に消えるのを見送った。二人は絡めていた腕を名残惜しそうに離して、一人ずつ入口のドアを通り抜けた。ルカは、人が見ていない時のためにとっておいた、私にしか見せない笑みを浮かべて言ったわ。「あなたはまるで誇り高き―」
「―ママね」と、私は言いそうになった。たしかに、私はそんな感じで二人の背中を見守っていた。―でも、私の脳が、その表現の無神経さに気づいた瞬間、その言葉は奥歯に引っかかって止まった。突然の沈黙が舞い降りたけど、その沈黙の意味は明らかだった。声に出さなかったというだけで、あたかも、その意味が書かれたプラカードを掲(かか)げながらブロードウェイの舞台でタップダンスを踊っているくらい、自明だった。
「まあ、私も誇り高きお姉ちゃんね。あなたと同じ」
私は血の気の多いバカだけど、誰かの母親が亡くなった時には、避けなければならない言葉がたくさんあることくらい心得てるわ。ルカが学校に戻ってからしばらくは、クラスで「お前のママは―」で始まる冗談は息をひそめていた。けれど、数週間も経つとまた、それを口にしたい空気が教室に忍び寄っていた。やっぱり冗談に「ママ」は付き物なのよね。やんちゃな男子がそれ無しで何を言ったところで、その場が白(しら)けてしまう。
ルカはいつも「大丈夫、ママがいなくなったからといって、ママという言葉まで消えちゃうわけじゃないんだから」と言ってたけど、それでも私は言葉に気をつけるようにしていた。いずれにしても、あの夜、彼女はただ微笑んで私を許してくれた。そんなこと何でもないのよって軽く受け流し、それから、ルカは言った。「あの二人がああやって仲良くなるまで、どれだけ時間がかかったか知ってるわ。そして今、アレックは幸せなんだって、少なくとも私は思ってる。それが私の望んでること」
彼女はそこで口をつぐんだ。見れば、彼女の口の端が引きつっている。ママのことでは平然としていられても、恋愛に思いが至ると、彼女の表情に焦りが滲(にじ)んだ。
「私もそろそろかな」
アレック
俺たちが中に消えたのがいけなかった。そう思わずにはいられないよ。一連の出来事を思い返してみて、俺が何かを変えることができた瞬間があったとすれば、ここしかなかったって。あの夜、俺もルカと一緒に外にいれば、そこからの軌道は変わり、誰も傷つくことのない未来が待っていたんじゃないかって。
ロウシーン
私たちはあの夜、天体望遠鏡は諦めた。ずらっと並んだ列を見ながら、二人で検討した結果、1時間も並ぶくらいなら、何か温かいものでも飲みましょってことになったの。無限に広がる宇宙が見られるっていっても、そんなのネットでダウンロードして、スマホの待ち受けにできちゃうんだから、今さら見てもねって。クリスマスらしく、ホットココアとか、砂糖を混ぜて温めたリンゴジュースを配ってたけど、私はもっと熱くなれる、銀のフラスコに入ったものをね...
はっきり言っちゃうと、アルコール。私はウォッカを持参してきたの。チョコレートを混ぜて飲むと、超おいしいのよ。それから私たちは、人混みをかき分けて展望台の端へ向かった。片手に飲み物、片手にスマホを持って、人のすき間を縫って進むのは、結構至難の業だった。
アレック
ああ、俺が違う選択をしていれば。あのとき俺が残っていれば、彼女は望遠鏡の列に並んだかもしれないし、俺が彼女のスマホを取ってやれたんだ。
ロウシーン
粋(いき)がったバカな連中が私たちにぶつかってきて、ルカのスマホが手すりの向こうに落ちちゃったのよ。
シオ
アレック、君には知りようがなかった。僕たちには知りようがなかったんだ。
ロウシーン
私たちは手すりに覆いかぶさるようにして、下を見たわ。そこに、あの男子がいて、こっちを見上げていた。
アレック
なんて運命だ。
5
ルカからの手紙
2019年10月23日
ママへ
彼の名前はコズモっていうの。
ロウシーン
「彼の名前、コズモですって!」とルカが笑いながら、私を見上げて言った。私はヒールを折らないように気をつけながら、二人の方へゆっくりと階段を下りている途中だった。彼女は携帯電話を手渡され、画面に新たにできたヒビが入っていないか、裏返したりして確認すると、顔を上げて、にっこりと彼に微笑みかけた。「信じられないわ。コズモだなんて、コズミック(宇宙)的な? コスモスの花みたいな?」
ルカからの手紙
私はまだ彼の存在を信じられずにいるの。だって偶然にしては出来過ぎでしょ。流星群を見に行ったら、私の携帯をキャッチするためだけに、男の子が天から舞い降りてきたようなものじゃない。まさにコズモから。
ロウシーン
「コスメ? 化粧品か何か?」私はようやく二人のところにたどり着いて、聞いた。わかってる。―ひどい冗談ね。でも水を差してやろうと思ったのよ。彼女ばっかり、いっつもいい思いしてるんだもん。彼の視線がチラッと私に向けられ、すぐにルカに戻った。まるで私が、彼女という明るい太陽の周りを回ってる単なる物体に過ぎないかのように。言い過ぎではなく、まさに一瞬でスルーされたんだけど、おかげで彼をじっくり観察できたわ。はっきり言って、見た目は悪くない。刈り上げた短い髪、夜に同化して色がわからなくなる黒い瞳。背は高く、肩幅も広い。肌は青白く、無精ひげがちらほら見える程度。鼻は少し高いけど、それが尖(とが)った顔とうまく調和してる。
ルカからの手紙
彼は笑顔で(素敵な笑顔だったわ、ママ)、言った。「どっちかというと宇宙の方かな。ただの名前だけどね。もしかして君ってアメリカ人?」
その質問に私は思わず、にやけちゃったわ。彼に私の誕生日を当てられたかのような、54枚のトランプから私が選んだカードを当てられたかのような気持ちだった。といっても、誰が聞いてもわかるくらいあからさまなんだけど、彼ったら、自分だけが気づいたみたいな言い方するんだもん。イギリスに来て7年、私は頑(かたく)なに故郷のアクセントを固辞してきた。アレックは大西洋を越えるとすぐ、こっちのアクセントに影響されていったけど、ちっとも英語がうまくならないアレグラに苛立ちつつも、私はアリゾナのどぎついアクセントを守り続けてきたの。私に興味深い特徴があるとすれば、それくらいね。それに、向こうの方言が、ママと私をつないでいるものでもあるから。
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