『こんなことってありえないでしょ!』1
『This Can Never Not Be Real』 by セラ・ミラノ 訳 藍(2021年12月23日~)
新たな作家を訳します。
今回もAmazonで、100柵以上の書き出しを数ページずつ読み漁っていた中で、藍の琴線がビビビッと、ふるえた本がこれでした。←好きになっちゃったの?爆笑
クリスマスだっていうのに、ファミリーストーリーと別れ話だけでは、キュンが足りないな、と藍の胸の奥がうずいて、トリプルで平行翻訳します♡
藍は自分以外の人(アメリカ人やイギリス人)の感想を読みたくない質(たち)なので、まだ詳しいことはわかりませんが、町のお祭りにテロリストが襲撃してきて、4人の若者たちが逃げたり(恋したり?)...? まだわかりません。笑
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1
ジョセフ(ジョー)・ミード(17歳)の証言
エリー・キンバーが踊っているのを見ていたんです。
バイオレット・ヌキル・チケジー(16歳)の証言
私たちはエリー・キンバーのダンスを見ていました。彼女のワンピースのドレスは(ドレスと呼ぶには短すぎる衣装でしたが)、人魚の尾ひれみたいに光をきらきらと反射させていました。彼女は肌もつやつやと光り輝いていました。脚もきれいで、いったいどこまでが脚なのかわからないくらい長くて、そんなことを思っていたら、弟が私の手を引っ張ったので、何かと思ってそちらを見ると、弟が彼女の真似をして、音楽に合わせて腰をくねくねさせていたので、私は思わず、吹き出すように笑ってしまいました。横には母もいたんですが、母はそんなエリー・キンバーが気に入らなかったのか、ちぇっと舌打ちしました。それでも母も、舞台上の彼女を見ていました。
ピーチズ・ブリテン(16歳)の証言
みんながエリー・キンバーの踊りを見ていたわ。その姿は曇り空に射す、まばゆいばかりの銀色の光のようで、たとえ彼女が嫌いでも、誰も彼女から目を離すことはできなかったでしょうね。
エリオット(エリー)・キンバー(17歳)の証言
わたしは踊っていた。すべてを忘れるには、それが一番いい方法なんです。目を閉じて、天を仰ぐように頭をのけぞらせて、音楽に飛び込むみたいに、全身をゆだねるの。頭を振ってると、音の中を泳いでるようで、音楽が前後左右に揺れて、焦点が合っては外(はず)れ、を繰り返す。ズン、ズン、ズンという低音が、心臓の鼓動のようにリズムを刻んで、聴くんじゃなくて、それを肌で感じてる感覚。私は前方の人だかりに囲まれ、スピーカーのすぐそばで踊っていた。音が空気中をビリビリと振動してるのを感じた。
わかってます。よくない考えですね。空気をつんざくようなあの音が鳴り響いた時、とっさの判断で身を守るべきでした。けど、音が床から足に伝わって、全身を突き上げるような感覚に酔っていて、耳も外からの音に無感覚になっていた。ランナーズハイに近い状態で、もう苦痛もなくなって、何かに集中する力もないし、悪いことをしてるっていう感覚もなかった。
ジョー
いい音楽ですらなかったよ。〈アンベレーブ・フェスティバル〉のセットリストは毎年似たり寄ったりなんだ。地元出身のシンガーが名を連ね、松脂(まつやに)を塗りたくったギターをボロンボロンとかき鳴らす。普段は〈クイーンズヘッド〉とかのパブでやってるセミプロ演芸会を、野外に移したってだけだよ。歌ってる方は気分転換になるんだろうな。そして目玉は、いっつもエリック・ストーンだ。アンバーサイドが誇る大歌手なんだろうけど、彼の名声はとっくに、もう20年も前に風化してるって話じゃないか。
ピーチズ
あたしのママは、エリック・ストーンが有名だった頃を覚えてるわ。ビートルズに迫る勢いの人気だったとかで、髪型はビートルズを超えて格好よかったそうよ。ママは興奮のあまり、ブラジャーを彼に投げつけたこともあったんだって。今の彼は、丘の上の高級住宅地で暮らしていて、この町に住む私たちを見下ろしているんですって。私は彼のことを、怒りんぼでひげ面のおっさんとしか思ってないわ。あたしがマイクチェックでミスって、彼の歌声が変になった時、彼は私を怒鳴りつけたのよ。ほんと嫌なやつ。
バイオレット
彼の曲は私が好んで聴くような音楽ではないのですが、その音楽に合わせて踊るエリーの、しなやかな動きは美しかったです。ほとんど嫉妬してしまいそうでした。といっても、私にはあんな風にみんなの前で踊ることなんてできないけど。というのも、私が踊ろうものなら、母がしわがれ声で、ちぇっといつもの舌打ちで不快感を表すのに決まってるし。母は私が生まれた時に贈られた絵本から取って、私の名前をつけたんだけど、名は体を表すじゃないけど、それがあまりにも私に似合ってるって思うことがあるの。シャイなもじもじバイオレット。私は踊るために生まれてきた人ではなくて、むしろ誰にも見られることのない静かな端っこで、一人きりでいるのが好きなんです。いつも誰かに見られてるんじゃないかって気にしちゃうから。でも、エリーって踊ってる時、世界中が彼女を見ていても、全然気にしてないって感じよね。どうしたらあんな風になれるのかしら? 彼女が踊ってる時、世界には彼女しかいない、一人きりって感じがする。
ジョー
彼女の動きはまるで...なんていうか、俺たち常人(じょうじん)とは違って、固くないんだよ。骨がないみたいにしなやかっていうか、体の重さを感じないんだ。学校の廊下を彼女が横切る時も、一人だけアイスリンクを滑ってるみたいでさ、そりゃみんな思わず振り向いちゃうよね。俺も彼女から目を離すことができなかった。誰もできないよ。でも、手の届かないランウェイの、スーパーが付くモデルを見てるのとはちょっと違うんだよね。彼女はきっと秘訣をつかんだだけ、みたいな視線で他の女の子達は彼女を見つめてるんだ。自分もその秘訣さえ解明できれば、彼女みたいになれるっていう目で観察してる感じ。あれは、彼女の肌の中に入り込んで、自分も彼女になってみたいっていう目だね。
あの時、俺もそんな風に彼女を見ていたよ。あんなに近くでね。どうしようもなかったんだ。
サムが俺の横っ腹を肘(ひじ)でつついてきて、俺が持っていた缶ビールをひったくると、プルリングに指を突っ込んで、笑いながら言った。「おいおい、気をつけろ、お前の頭から泡が噴き出すぞ」
俺は彼を見ようともしなかった。「あ?」
「お前の目だよ、相棒。彼女にぞっこんって目してるぞ」彼はまた笑ったけど、彼だってちゃんと彼女を見ていたよ。みんなが見てたんだ。彼女はその時―
バイオレット
美しかった。
ピーチズ
なんだ、このビッチ女。
エリー
わたしは花火が上がるのを待っていた。〈アンベレーブ〉はいつも同じパターンで行われるから。一日中、大通りには露店が並び、小さな子供たちのためにアトラクションも用意される。そこには監視員がいて、りんご酒で酔っ払った学生がメリーゴーランドを独占しないように目を光らせていた。小さな紙コップに入った〈スパイス・アップル〉には、大人用と、ノンアルコールの誰でも飲める用があって、熱々の〈スパイス・アップル〉が配られていた。りんご飴も売っていて、あとはストライプ柄の袋にぎっしり詰め込まれた甘いクランチクッキーとか。それから、パレードね。
バイオレット
アンバーサイドの町中が総出でパレードに参加します。特に今年は熱が入っていました。
エリー
昨年はパレードもフェスティバルもすべて中止になってしまったので、今年はある種の解放感で満ちていて、パレードのスタート地点にみんなで集まった時は、参加者全員が一つにまとまって、大きな呼吸をしているような感覚でした。人数自体はそれほど変わっていないんでしょうけど、これまで以上に人が集まってる感じがした。みんな、距離を取ってる期間が長かったから、前よりももっと近くにくっつきたかったんでしょうね。ぎゅっと周りから圧縮されてる感じで、たくさんの心臓が一つになって、みんなでいっせいに鼓動しているような、素晴らしいひと時でした。
ピーチズ
〈ギルドホール〉の外で松明(たいまつ)を受け取って、かがり火にそれをつけて、炎を灯(とも)すの。1年のうちこの日だけは、酔っ払った若者たちが火のついた棒を手にしても、誰も気にしないわ。まあ、あたしの学校には、自分の髪に火をつけちゃったことで有名な男子がいるけど。
ジョー
ドギーは前に一度、自分の髪に火をつけたんだ。あれはすごかったな。あの後も彼は何事もなかったように元気だったよ。クリスマスまで眉毛はなかったけど。
エリー
それからいつものように、みんなで〈ハーン・ハウス〉へ向かった。
ピーチズ
ポスターでは〈ヒストリック・ハーン・ハウス〉ってなってるけど、あたしたちはもっとシンプルにそう呼んでるの。
バイオレット
丘の上の〈ハウス〉です。
エリー
町中のみんなが、パレードに参加しているか、道端から見ているかのどちらか。〈クリフトン・アカデミー〉や〈セフトン・カレッジ〉の学生も参加しているし、自分は年寄りだからって言う人も家から出て、道端でパレードを見守っている。親たちは子供を監督するためについて来た、という建て前で参加しているし、小さな子供たちは、親の腕にぶら下がるようにして聖火の順番を今か今かと待っていた。
上空から見たら私たちはどう見えるのだろうと思った。暗く曲がりくねった川の水面(みなも)を流れる光たち。まさに小さな彗星になった気分だった。わたしは半ば偶然に、行列の中に両親の姿を見つけた。ママは際どいドレスを着ていて、まだ暖かい季節の夜の焚き火は、肌を露出した状態で楽しめるから、何かいいわね、みたいなことを言っていた。
パパは私をちらりと見るなり、呆れた表情で首を横に振った。「お前のせいでママが張り切りすぎちゃって」
わたしは笑った。それから橋を渡ったところで、また両親を見失い、わたしは再び友達に合流した。ジェサ、コリ、サットン、他にも女の子達が、わたしの周縁に寄り添うように歩いていた。門を入ると、ひらけた敷地に出て、みんなで走り出すようにステージへ向かった。冷え切った部屋にどっと熱気が送り込まれたみたいに、急に活気づいた。
バイオレット
川にかかる橋に行列ができていました。〈ハウス〉は何エーカーもの広大な敷地の真ん中にぽつんと建っていて、中に入るには橋を渡るしかありません。その下を川の一部が流れていて、お城の周りをぐるりと取り囲むお堀みたいになっています。何年か前に学校の課題で調べたことがあるんですけど、橋の両側には高い塀が築かれていて、〈ハウス〉が要塞のようになっているの。誰からの侵入を防ごうとしたのかしらって、門へと続く橋を見るたびに、昔に思いを馳せます。
ピーチズ
〈ハウス〉の中で誰が匿(かくま)われてたのか不思議なくらいね。
あたしは松明を持ってパレードには参加しなかったわ。あたしはすでに朝の9時から〈ハウス〉にいたから。地元の劇場のエンジニアとか、他のボランティアの人たちと一緒にね。〈アンバーサイド劇団〉は年に3回、〈ハウス〉で公演をやらせてもらってるんだけど、そのお返しとして、そこで行われる他のイベントの時は、ボランティアとして手伝うという契約になってたの。結婚式とか会議とかが主なものなんだけど、〈アンベレーブ〉は、その中でも一番大きなイベントだったわ。仮設ステージの上に金属製の照明器具を設置し終えて、最後にマイクチェックとかをしていると、観客が集まってきた。町の半分の人が一斉にやってくるから、橋のところでいったんせき止められて、そこから案内人の指示で一人ずつ一列になって橋を渡り、迎え火の横を通る時に松明を投げ入れていくのよ。
その迎え火は、一致団結の象徴でもあるはずなんだけど、みんなで炎をどんどん大きくしていくという、共同で火遊びをしているかのような行為が、どれだけそれぞれの心を温かい気持ちにさせてるか、立ち止まって頭で考えてる人は少なそうね。炎の熱で頭がぼんやりしてるっていうのもありそうだけど。
ジョー
今年の迎え火は特に盛大だったな。アンバーサイドの町中が全力で取り組んでいることといえば、この火祭りなんだ。とはいえ、この迎え火がメインイベントというわけではない。音楽と照明を待つ人々で敷地は溢れ返っていた。ドギー、サム、俺の3人は、いつもの場所を確保するために、足早に南側の斜面の方へ向かった。敷地とプライベートガーデンを隔てている壁があって、そこに背中をつけるように地面に腰を下ろし、コンサートを見るのが俺たちの恒例スタイルだった。
サムが俺に返してきた缶ビールはほぼ空になっていたが、俺は特に気にならなかった。どうせ飲むフリをしていただけなのだから。俺はフリをすることにかけては、天才的なんだ。吸いもしないタバコに俺がどれだけ無駄金をつぎ込んできたか、聞いたらびっくりするだろうな。明日からはちゃんと早朝トレーニングをこなすつもりだった。今度こそちゃんとやる! という誓いを胸に抱いていた。翌日からは10月で、二日酔いがなくても早朝はどんどん起きるのがつらくなっていく。今年はすでに例年より寒かった。俺は空き缶を地面に押し込むと、エリーのダンスを見続けた。エリーは、いつものように移り気な女の子たちに囲まれていた。彼女たちはエリーに気づいてもらおうと必死なのか、手を振りながら黄色い声を飛ばしている。それを見守りつつ、俺たちは花火が打ち上がるのを待っていた。
バイオレット
母は、コンサートの最後にある恒例の花火だけが目当てだって言っていました。他の子たちは、ステージ近くで踊ったり、友達と過ごしたりしていました。私はずっと母と一緒にいましたが、恥ずかしいとは思いませんでした。家では学校の勉強とか、父の世話とか、休む暇がないくらいやることがいっぱいあるけど、そういうことすべてから離れて、ダンスを見ていられる時間があるというのは、小さな奇跡のように思えました。そして、花火を待つ母の横顔をチラッと見るのも、毎年恒例の小さな奇跡でした。
ピーチズ
花火は毎年、それなりにいいんじゃないって感じ。まあ、エリック・ストーンのステージよりは確実に華やぎがあるわね。でも、あたしは花火のことなんてどうでもよかった。夜空に舞い上がり、次々と広がり落ちる綺麗な花火を一番近くで見るために、ステージの真上に組んだ構台の細い通路に陣取ったわけじゃないの。この場所を確保するのは大変だったけどね。一日中、頼みまくってようやく許可を得たんだから。
ステージ・マネージャーを説得するのにかなり手間取ったの。コンサートの間中ずっと構台の上に座って、ギシギシときしむ照明の一つを手動で微調整しながら、常にエリック・ストーンの円形にハゲた後頭部を照らしてる必要があるって力説したわ。つまり、スポットライト係が一人必要だから私がやるって名乗り出たの。彼は目を細めて私をじっと見ていた。まるで私は弓矢の的(まと)になった気分で、今にも射貫かれるんじゃないかって落ち着かなかった。でも、その甲斐あってあそこに座れた。あの場所から世界を見下ろすのは最高だったわ。みんなが私の足元にひれ伏してる感じがして、プリンセスになった気分。それに、普段感じてるいろんなことが、ずっと小さく見えて、大したことなかったんだって思えた。エリー・キンバーもちっぽけな存在に見えたし、彼女をあんなに下に従えるのは悪い気はしなかった。普段の私たちの社会的地位が完全に逆転したって感じ。あそこでは、すべてのものから解放されたように感じられたの。自分自身の殻からもね。
ジョー
「時間がかかってるな」とドギーが文句を垂れながら、頭を後ろに倒して空を見上げた。「いつもは、グランドフィナーレの時に花火が打ち上がるんじゃなかったか?」
エリック・ストーンはギターをかき鳴らし、『Rock Saw Us』を歌っていた。この曲は彼の最大のヒット曲で、この曲以降、彼は「ロックソーラス(ロックの恐竜)」というニックネームで呼ばれることとなったのだ。自分が絶滅したことにも気づかず、いつまでもこの曲ばかり歌ってる巨漢、という皮肉を彼が認識してるのかどうかは微妙だ。「もしかしたら、何かサプライズでもあるんじゃないか」と俺は当てずっぽうに言ってみた。「ショーの最後に、誰か微妙なゲストが登場するとか」
「打ち上げ担当になってるはずのやつが、あのケツに気を取られてるのかもな」とサムが言った。「おい、あれを見てみろ」と指を差す。
俺の視線の焦点は別のところにあった。
エリー・キンバーはスパンコールのついた短いドレスを着ていて、それが照明に照らされてあらゆる色がキラキラとまたたいて見えた。光をスプレーで吹きかけたように、彼女だけ輝いていたんだ。金色のポニーテールが、彼女がクルクル回るたびに持ち上がり、たなびいて、そのポニーテールから何本の髪の毛が抜け落ちたかも、俺は正確に伝えることができる。まあ医者が言うには、俺の記憶にはいくらか実際との齟齬(そご)があるらしいがな。
サムが誰のケツを指差したのか、俺にはさっぱりわからなかった。けど、これに関しては記憶のいたずらとかじゃない。本当にわからなかったんだ。
ドギーとサムを横目で一瞬見たら、二人ともニヤニヤしていた。
「おい、お前も見ろよー」とサムが語尾を伸ばして俺に言った。「ほら、あれだよ」俺も見なくちゃいけないのかよ、エリーを見ていたいのに、と思いながら彼らの方へ視線を移す。ドギーが両手を広げ、サムに体を預けるように寄りかかって、二人して笑っている。俺は彼らの視線を追って、そちらを見たが、ステージを見つめる女の子達のたくさんのお尻が揺れながら並んでいて、どれのことを言っているのか正直わからなかったが、ああ、と彼らのお目当てを見つけたフリをして、10点満点で点数をつけた。
バイオレット
最初の爆発音で空を見上げると、夜空がパッと明るくなって、その明かりが母の顔を照らしました。母の頬が柔和にゆるんでいて、私はその姿を目に焼き付けました。母は滅多に笑わないので、私は彼女の笑顔を目にするたびに、そうやって記憶にとどめるようにしているんです。弟は爆発音に悲鳴を上げて、両手を広げ私に抱きついてきました。私はカールしてふさふさな弟の髪に手のひらを載せ、彼を安心させました。
「シー、うるさくしないの、エイド。怪我はしないから大丈夫よ。ほら見てごらん、いろんな色がきらめいてる」まだ不安なのか、弟は体をくねらせながらゆっくりと顔を上げ、私の顔を見上げました。そこで、彼の指が私の頬に触れました。「お姉ちゃん、顔が真っ青だよ」
エリー
空が割れて、夜なのに一瞬青空が広がったのかと思った。青い光のシャワーがキラキラときらめきながら降り注いできて、下にいたみんなの顔を同じ色に染め上げた。大きな爆発音が一度して、それに続いてパチパチと小さな破裂音が鳴った。音楽のビートよりも良い響きだったから、わたしは一瞬ダンスの動きを止めて、次にどんな花火が打ち上がるのかと、首をそらし夜空を見上げた。
ピーチズ
花火が始まると、あたしはステージの真上の細い通路で、両足と片腕を鉄柵に引っ掛けるようにして、体を前傾姿勢に倒してみた。少なからぬ重さがあるあたしの体が、前後左右に揺れるのを感じた。2000人の顔があたしを見上げていた。なんだか新鮮で、ゾクッとした。〈クリフトン・アカデミー〉では、あたしは最下層に属していて、いつも底辺に歩いているような気分だったから。
その時、何が起きたのか、一番最初に目撃したのはあたしだったんじゃないかな。あたしは絶好のポジションにいたし、それに、花火を見ていたわけじゃなく、眼下で色とりどりの光を放つ群衆を見ていたから。一瞬、スポットライトを押さえていて手が滑って、真下で歌っていた〈ロックの恐竜〉から光が大きく外れ、彼の体が暗闇に包まれてしまった。
ジョー
サムが俺のシャツの背中をつかんで引っ張った。「何だ、あれは?」
バイオレット
「あなただって青いよ」私はエイドにそう言って、彼の頬を指先でなぞりました。七色のスペクトルを放射しているような照明が、私たちの肌を色とりどりに染めては消え、また染め上げる。「ほら、今度はあなたは茶色になったわ。あ、オレンジ。茶色。私は今、何色?」
ピーチズ
人々は両腕を突き上げ、空を見つめていた。みんな音楽に合わせて体を揺らしていたから、その波間を縫うようにして、異質な動きの波紋が入り込んできたことに、しばらく気づかなかった。それは、どこか異質な、流れに逆らう小さな波の動きだった。
エリー
世界はノイズと光に満ちていた。
ジョー
サムが俺のシャツを引っ張り上げたと思ったら、突然、俺の背後で膝立ちになった。「ジョー、見ろ」
バイオレット
エイドがにっこりと笑い、手を伸ばして指先で私の顎に触れました。「お姉ちゃんがいろんな色になってる」
ピーチズ
最初は小さな、よそ風みたいなものだったんです。喩えると、トウモロコシ畑を吹き抜けるそよ風が、緑の葉っぱを揺らす程度かと思ったら、背の高い茎(くき)を次々となぎ倒していった、みたいな。あたしの真下で、群衆が突如として音楽のビートから脱線し、身を寄せ合うようにして、ざわめきだした。
その時、何かが大鎌(おおがま)で群衆を切り裂いたように、真っ二つに道が開いた。
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〔1の感想〕
やっぱり藍は恋する感覚が好き♡
恋の対象は、人以外の動物でもいいし、生物以外のものでもいいんだけど、誰かの踊る姿や、耳から流れ込んでくる音楽や、色んな何かにときめく瞬間の感覚を、(自分では書けないから、笑)ずっと訳していこう、と決めた。
英文から受け取った藍の感覚ですが、それぞれの一人称(とメンバーカラー。笑)はこんな感じです。
エリー:わたし(白)
ジョー:俺(青)
ピーチズ:あたし(ピンク)
バイオレット:私(紫)
この小説は2021年のものなので、「昨年はパレードもフェスティバルもすべて中止だった」というのは、2020年のコロナ禍のことだと思いますが、これを書いている時は、一年くらいで収束すると見込んでいたんでしょうね。
(人間も生物なので、環境に合わせて生き方を変化させていくものなんですね。)
まさに藍にぴったりの小説だ! また見つけてしまった!←お前の中に確たる芯がないから、何でもぴったりだと感じるんだよ!笑←そういえば、小学生の頃、クラスのみんなに八方美人だって言われてた。国語の時間に「八方美人」という言葉が出てきて、誰かが「せきちょのことだ!」って言い出して...笑(ちなみに、当時は「~~ちょ」と、名前に「ちょ」をつけるあだ名が流行っていた。笑)
2021年が終わろうとしています。この歳(47)になると、新たに何かってことも、(あ、結婚関係以外では、笑)新たに何かに向かってってこともないんだけど、来年も「ゆっくり」着実にコツコツと訳していければ、それに越したことはないですね!(インタビューを受けてる風。笑)
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2
ピーチズ
人々が次々と倒れていった。それぞれの立っていた場所でそのまま突然体をねじらせるようにして、地面に崩れ落ちていった。あたしは何が起こっているのか理解できなかった。花火はあたしの真上で上がり続けていた。聞こえるのは頭の中まで鳴り響く花火のパーンッという音だけで、目に映るのは、バラバラに散らばった群衆の中で、人々が次から次へと倒れていく光景だった。ドミノ倒しとは違って、連鎖して倒れていくんじゃなくて、そこで一人倒れたと思ったら、今度はあっちでまた一人って感じで、ランダムだったわ。何かの冗談かと思った。フラッシュモブとか、何かサプライズで仕込んであったのかって。
ジョー
「なんだこりゃ?」俺はその時には立ち上がっていて、まだ座り込んでいるドギーに手を差し出し、彼を引っ張り上げようとした。なぜって、目の前でお尻を振っていたはずの女の子が、よろめきながら俺たちの方へやってくるじゃないか...ほら、出来の悪いホラー映画でよく見かけるお決まりのゾンビウォークだよ。わかるだろ? 両腕を前方にだらんと上げて、何を目指してるのか自分でもわかってない感じでふらふらと、彼女がまさにそんな感じで迫ってきたんだ。
バイオレット
爆竹のような弾ける音がしました。耳元で爆発したかのような、すごく大きな音でした。エイドがびっくりして、ぎゅっと私の手を握りしめました。「花火は遠くで鳴るから怖くないのよ」と言ったばかりだったのに。
ジョー
彼女は俺、サム、ドギーの誰かというわけではなく、誰でもいいからという感じで俺たちに手を伸ばしてきた。見れば、彼女の胸が赤黒く染まってるじゃないか。
エリー
わたしの背後から強い衝撃があった。わたしは舞台の目の前で踊っていたから、柵に胸からぶつかって、息ができなくなるほど体を押しつぶされた。一人ではなく、大勢が一斉に前へなだれ込んできたんです。
ピーチズ
みんながどちらかの方向へ押しやられ、道がどんどん大きくなるようにスペースが広がっていった。そこに取り残されたのは、それ以上走れなくなった人たちの、両手を広げたまま、うつ伏せで横たわる体だけだった。そして、その道の先には、二人の男が立っていた。二人とも黒い服を着ていて、フードをかぶり、顔の下半分をスカーフで覆っていた。手にはライフル銃か何かの大きな銃を抱えるように持っていた。映画かゲームの中でしか見ないような大きな銃だったから、本物とは思えなかったわ。
彼らの特徴はそれくらいしか言えません。年齢も、肌の色も、よくわかりませんでした。あたしのいた場所から見下ろすと、彼らは小さくて、それでいて、世界をいっぺんに変えてしまうような...
彼らは体の向きを変え、二人で背中をつけるようにしてそれぞれの方向を見定めると、再び撃ち始めた。銃声が鳴り響いた方向で、人々がわっと広がって、再び新たな道が開かれたの。
バイオレット
エイドは私の手を強く握りしめていました。
そして、急に力が抜けたように手を放しました。
ジョー
ドギーが先に彼女に手を伸ばした。彼女を知ってる、と俺は思った。彼女は下の学年にいたはずだ。しかし、彼女の名前までは思い出せなかった。そして、なぜだか俺は執拗(しつよう)にそれを思い出そうとしていた。彼女の名前はなんだったか? 今となっては写真の下に名前も出ていたから知っているが、俺もパニックだったし...彼女はもっと混乱しているように見えた。
「俺たちにできることは? そうだ―」
彼女はドギーの腕の中に前のめりに倒れ込んだ。こっちを見たサムと目が合った。彼は顔面蒼白で、彼の目には恐怖が滲(にじ)んでいた。俺はスマホを取り出した。誰かが死にそうな場面に遭遇したんだから、やることはただ一つだと思った。救急車を呼ぼうと。
エリー
人々は柵を乗り越えようと、わたしの背中や肩を踏み台にして、次々とステージに這い上がっていった。パニックの中、その破裂音がどこから聞こえてくるのか、わたしは発射源を見つけようとも思わなかった。片方の耳しか使えないと、必然的に視野まで歪(ゆが)んでくる。すべての音がわたしの右側から聞こえてくるように感じられて、理性よりも本能に突き動かされるように、わたしは音とは逆の左へ動いた。自分一人の力でこの柵を乗り越えられるかどうか不安で、わたしは左側にいたジェサの腕に手を伸ばした。彼女と協力してのぼろうと思ったんだけど、彼女は肘(ひじ)をわたしの肩にくらわせ、汗でべとべとした手でわたしの顔を乱暴に押しのけながら、足を後ろに蹴り上げるようにして柵を乗り越えていった。後ろからわたしがついてきているかどうかなんて、見ようともしなかった。
背後から何か熱いものが飛び散ってきて、わたしの首にかかった。
ピーチズ
弾丸がステージ真上の鉄筋をかすめ、あたしの目の前で火花が散ったのよ。
エリー
花火は終わったけど、わたしの周りではまだ小さな爆発音が起こっていた。夜空で発光するわけでもない反響音が、地面を揺さぶるように鳴り響き、ステージ前の柵が倒れた。
ピーチズ
みんながステージ上に殺到し、一つに固まるように密集していたから、逆に狙い撃ちされやすくなったとしか思えなかったわ。バンドのメンバーは楽器の後ろに一目散に隠れ、床を這うように移動しているのが見えた。〈ロックの恐竜〉は巨体をドラマチックに回転させながら床を転がり、匍匐(ほふく)前進するみたいにずるずると舞台裏を目指していたわ。
エリー
自分の意思で手足を動かしていないことを除けば、まだ踊っているような感覚だった。一方に押されたと思ったら、すぐに逆方向へ引っ張られるみたいな、糸のない操り人形のように、わたしは体を揺さぶられていた。
バイオレット
エイドは肩とふくらはぎを撃たれました。でも、その時はそんなこと知りませんでした。ただ、弟の手足が一瞬で血のシャワーになったみたいに、真っ赤に飛び散って、母が弟を引っ張り上げるように、胸の中に抱きかかえました。母は体中をさすりながら、彼の名前を呼んでいました。彼は1年以上前から、すでに抱っこできないほど大きくなっていたのですが、母は彼を自分の胸に抱きかかえたのです。母の叫び声は銃声よりも大きく、辺りに響き渡りました。
ジョー
一瞬の出来事だったような気がする。あの女の子―ハンナ、そう、彼女の名前はハンナだった!―ハンナがバタンと倒れて、それからみんなが、広場全体が悲鳴を上げたんだ。見ているだけで気が狂いそうな光景だった。武器を手にした黒っぽい人影が視界に入っても、最初は何が何だかよくわからなかった。ライフル銃を構えている姿だと認識すると、状況が呑み込めてきて、そしたら、ゾクッと体が凍りつくように固まってしまった。誰かがライフルを撃ちまくっていた。ドギーの腕の中で死んだ女の子。俺たちは壁に背をつけている。
三人とも何も言わず、俺たちはただ走り出した。
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〔2の感想〕
新年あけましておめでとうございます。2022年も、藍も変わらず訳しまくるので、どうぞよろしくお願い致しますm(__)m←「相も変わらず」じゃなくて?笑
今さら言わなくても、とっくにそうしている方もいらっしゃると思いますが、この小説をAmazonかどこかで購入した上で、藍の名訳を読むと、英語の勉強にもなって一石三鳥ですよ!!!←二鳥じゃなくて??笑笑
翻訳のコツを書いておくと、字面をなぞることも大切なんだけど、それ以上に大事なのは、英文の向こう側に見える情景(お祭りの風景だったり、感情だったり)を、日本語の小説を書いている気持ちで、書くことです。(初めてガチで秘訣をばらしちゃった...)
ああ、英語を教えたい。無言で訳していると、たまに、あ~解説したいよ~という、喉元がうずくような、もしかしたら性衝動よりも強い、教えたい欲求に駆られる。←「性衝動よりも強い」は大げさ!爆笑
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