『天使にふられたよ!』
『まゆさんのために』 by 藍(2022年01月25日~)
タイトルは仮題です。今のところ思い描いている予定としては、まゆさんとの出会いを書いて、恋心の暴発を書いて、ミステリー要素も入れようかな、と、捕らぬ狸の皮算用中です。笑
チャールズ・ディケンズの『クリスマス・キャロル』の藍色(僕色)バージョンだと思ってください。←なんだパクリか!笑笑
1
まゆさんから電話があったのは4、5日前のことで、約10年ぶりに聞いた彼女の声は(僕の声もそうだったかもしれないが、)10年分、年を取っていた。
「まゆです」
「まゆ?」
「ほら、大学院で一緒だった」
「あ、まゆさん? お久しぶりです」
「I教授が亡くなったから、一応知らせておこうと思って」と、彼女は挨拶もそこそこに要件を述べ、葬儀の日時と場所と伝えると、近況を話すことも聞くこともせず、電話を切った。
久しぶりに手にした家電(いえでん)の受話器だった。普段は留守番電話の役割しか果たしていない家電だが、(受信音も消している家電だが、)お風呂へ向かう途中、たまたま家電の前を通り過ぎた瞬間に小窓がオレンジ色に光り、僕の目に「受信」を知らせてきたため、思わず取ってしまった。「もしもし?」と言ってから、セールスの可能性がよぎり、うんざりした。
「まゆです」と、声帯に薄い絹を張ったような声が僕の鼓膜を震わせた。
「まゆ?」
「ほら、大学院で一緒だった」と、彼女は認知されなかったことを不満がるように言った。
「あ、まゆさん? お久しぶりです」
「I教授が亡くなったから、一応知らせておこうと思って」と彼女は、声を認識された瞬間、自分にぞっこんの男が10年の歳月を飛び越えて目の前に戻ってきたかのような、強気な口調で言った。
受話器を置いた後、しばらくぼんやりしていた。消音のままつけっぱなしのテレビを見れば、浜辺美波が白衣姿で森の中を歩いている。お風呂の中でもぼんやりしていた。湯船につかり、綾波レイのフィギュアを握りしめながら、久しぶりにまゆさんのことを考えていた。喪服がいるな、と思った。
布団に入ってからようやく動き出した頭が、なぜまゆさんは僕に、僕なんかに連絡をくれたんだろう、と考え始めた。いつしか眠りに落ちたが、薄いガーゼを目の上に載せているような眠りだった。眠りといえるのかどうかもあやしいくらい、世界は白く仄(ほの)かな灯(あか)りを放っていた。だから、目覚めた時の暗闇には、一瞬はっとした。そこは、窓と壁の区別もつかないほどに暗かったのだ。その暗闇の意味をどうにか理解しようとした時、近くのお寺の鐘が鳴った。毎朝6時に鳴る鐘だ。何代目なのか知らないが、今の住職は僕と年齢が近く、鐘の音を聞くたびに、勢い良く綱(つな)を引っ張り、鐘を叩く彼の姿が思い浮かぶ。
6時にしては暗すぎる世界の中で、僕は布団から手を出し、枕元のスマートウォッチをつかんだ。手のひらでサイドボタンを押すと、時計の表面がぱっと明るくなり、蛍光色の針が12時過ぎを指していた。12時? それは昨夜、布団に入った時間ではなかったか? さっきの鐘の音は空耳だったのか?
「ありえない!」と僕は声に出していた。お昼の12時ならカーテンを閉めていても、もっと明るいはずだし、夜の12時だとしたら、僕は丸一日眠っていたというのか? ふと、日蝕? という言葉が浮かんだ。もちろんそれは太陽が月に隠れて、その間世界が暗くなる現象だが、今日日蝕があるなんていうニュースは目にしていないし、たとえそうだとしても、これほどまでに真っ暗にはならないだろう。
僕はベッドから起き上がり、暗闇の中をクロールで泳ぐように窓際へ向かった。窓は霜で覆われていて、袖でこすり落とさなければ外が見えなかった。こすって霜が落ちた部分に目を近づけて、外を覗くように見た。それでもよく見えない。霧がかかっていて、かなり寒いことだけはわかった。家の前の通りには人の気配がなく、ひっそりと静まり返っている。太陽を覆いつくす月なり、宇宙船なりを見上げている人々の姿を少し期待してしまった僕が馬鹿だった。落胆か安堵か、微妙なため息をついて、寝直そうとベッドに戻った。
布団にもぐり、強引に目をつぶったが、眠気は戻ってこなかった。むしろどんどん頭がさえていくようで、眠ろうとすればするほど、とりとめもなく思考が溢れ出てくる。まゆさんとの会話が繰り返し、流れ出てくる。また鐘の音がした。さっきはお寺の鐘だと早合点したが、それは高く細い音だった。お寺の鐘ならもっと低く、地鳴りのようにこの地区に広がっていくはずだ。家のチャイムかもと思い、こんな時間に? と少し気持ちがひるんだところで、枕元のスマートウォッチが震え出した。慌てて腕を布団から出し、時計のサイドボタンを押す。震えが収まった時計は7時ちょうどを指していた。音ではなく振動で起きようと、自分でセットしておいたアラーム機能だと気づく。
ふと視線を時計から外し、ベッドの横を見ると、ぼんやりと人の顔が見えた。すぐ近くに、だけど手を伸ばしても届かない距離に、人が立っていた。暗くて足元まで見えなかったが、浮いていたわけではないだろうから、立っていた、と僕は認識した。
シーツに映し出されたように白い顔をした、10代の少女にも、20代にも、30代にも見える女性だった。不意にペッパーズ・ゴースト? という言葉が浮かんだ。最近まで読んでいた小説のタイトルだと気づくのに数秒かかった。なんだか度の強い眼鏡をかけているみたいに、彼女の顔が三重に見える。髪型も、茶色っぽいショートボブにも見えるし、黒髪を肩口まで伸ばしているようにも、肩より長く背中へと垂らしているようにも見えた。顔には皺一つなく、血色のよい肌をしている。全体的に華奢(きゃしゃ)な体型で、白地に黄色や赤の小さな花を散りばめたチュニックというのか、大きめのワンピースをかぶるように着ていて、手には杖(つえ)か、木の枝か、よく見えないが、棒状の何かを持っているようだ。もう片方の手には、先端にポンポンの付いた毛糸の帽子を持っている。脚も細く、つい白い太ももに視線が引き寄せられる。
驚きのあまり声を上げることもできずに見ていると、彼女の姿はますます不思議な様相を呈していった。彼女は金色に輝くベルトを腰に巻いていて、そこを中心に光が広がるように、彼女の姿だけが明るくはっきりと見えてきた。それでも彼女の髪は長くなったり短くなったりを繰り返している。洋服もオーバーオールを着込んだと思ったら、晴れ着に身を包み、黄色のレインコートを着たと思ったら、一瞬でそれを脱ぎ捨てるように、ナイトガウン姿になったりした。まるで数々の思い出が真水のようにあふれ出し、溶けては一時期の彼女を形成し、重なり合ってはまた溶けていくかのようだ。彼女の人生のおぼろげな連続写真はいつしか終演を迎え、最初に彼女が姿を現した時のワンピース姿に戻っていた。今では彼女の姿は一段とはっきり見え、手を伸ばせば届きそうなほど近くにいた。
ようやく、僕は眠っているのだろう、と薄々感づいた。こんなことが現実に起きるはずがない、と自分に言い聞かせる。夜の10時頃、まゆさんから電話があった。それからお風呂に入り、ヤクルトを飲んで寝床に入ってからは、まゆさんとの短い会話が勝手に反芻され、なかなか寝付けなかったことを思い出す。ようやく眠れたということか。
「君は幽霊か何か? まさかと思うけど、I教授の霊ではないよね?」と、つい聞いている自分を客観的に見て、自嘲ぎみの吐息が漏れる。
「私は」彼女が発した声は柔らかく、穏やかな小川を思わせる耳触りだった。さっきまで頭の中でこだましていたまゆさんの声が、新たな言葉を勝手に話し出したかのようだ。
「君は何、というか誰?」
「私は過去の亡霊です」頭の中で鳴っていた声が急に遠くへ行って、天からのお告げとなって降ってきたかのようだった。僕は彼女を見上げるように聞いた。「まゆさんの?」
「いいえ、あなたのよ」
僕の許容量を超えていた。こんなことはありえない! 理解できないし、特に明るさが限界に達していた。彼女の顔がまぶしすぎて、僕は目を開けていられなかった。僕は暗闇の心地よさにすっかり慣れきっていたのだ。「君は僕にはまぶしすぎる。その帽子をかぶってくれないか?」
「そんなのってないわ!」と彼女は声を張り上げた。「せっかく灯(とも)った光を、もう消してしまおうっていうの? ていうか、帽子を脱がせたのはあなた自身よ。そんなにあなた自身の過去を直視するのが怖い?」
「それは、ごめん」僕はすっかり困惑してしまった。「そんなつもりじゃなかったんだ。僕が脱がせたとか、知らなかった。だけど、知りたいことがある。知らなければならないことが。―なぜ君はここに?」
「あなたのために決まってるでしょ!」と、ゴーストは歌うような調子で答えた。
「それは、どうも」と僕は一応礼儀正しく答えながら、こんな茶番はもうおしまいにして、本格的に眠りたい、と思った。一切合切を忘却の彼方へ流し、何もない、何の思考も流れない状態に僕を戻してくれ。
しかし、ゴーストは僕をそこへ戻してはくれなかった。
「これから再生は始まるのよ」と彼女は言った。「目を背けちゃだめ!」
彼女は細い腕を突き出すと、力強く僕の肩口をつかんだ。彼女の存在が実体をともなって伝わってくる。
「さあ、立って。私と一緒に旅立つのよ!」と彼女は命令口調で言った。相変わらず声質は無垢な少女のようだ。
そんなこと言われても、と思った。眠れないけど眠りたいし、外は寒すぎる。こんなパジャマ姿で外出などできないし、体調だって良くない。旅立つとか冗談じゃない、などなど、いろんな言葉が内面を駆け巡りはしたが、言葉は言葉に過ぎなかった。僕の腕を強くにぎる彼女の手の感触には抗えなかった。パジャマの薄い生地を通して感じる彼女のぬくもりが、あらゆる言葉を凌駕した。僕はベッドから起き上がり、彼女についてドアの方へ向かおうとした。けれど、僕の手を引く彼女が窓の方へ進んでいることに気づき、戸惑ってしまう。窓から飛び降りるつもりか?
「ちょっと待って!」と僕は足を止めて言った。「窓から飛び降りるとか無理だよ」
「私の手に触れていれば大丈夫よ」明るい光をまとったゴーストが、そっと僕の胸に手を置いた。「あなたは守られるから」
端が毛糸の刷毛(はけ)のようになったグレンチェックのマフラーを僕の首に巻くと、彼女は僕の手を取り、僕たちは窓を開けることもなく、壁を通り抜けた。孤児院で育ったジュディがイマジネーションの翼を広げたように、気がつくと僕らは空を飛んでいた。闇も霧も吹っ飛んだように、上空には青空が広がっている。下を見下ろすと、町は白かった。寝ている間に雪が降ったらしく、真っ白な雪にどこもかしこも覆われた、澄み切った寒い冬の朝だった。
「うおー! マジか」僕は完全にビビりながら、彼女の手を思いっきり握りしめていた。生まれ育った町が眼下に広がっている。子供の頃、走り回った路地も、ガンダムのホワイトベースに似た形の小学校も、すべてが視界に収まる形で並んでいた。「あれが僕の通っていた小学校と中学校だよ。そしてあれが高校」
小学校と中学校は細い道を挟んで並んでおり、高校は少し離れたところに建っていた。高校の校舎の壁には正門へ向けて細長い垂れ幕が掲げられており、男子バスケットボール部の健闘と女子バレーボール部の活躍が、あるいは逆だったかもしれないが、たたえられている。つい最近高校の前を通った時も垂れ下がっていたから、現実だろうと思った。
横を見ると、彼女が僕を優しい眼差しで見守っていた。彼女の髪も洋服も、風にたなびいて斜め上へ舞っている。僕は彼女に見とれたのか、ふっと力を抜いてしまった。つないでいた手が離れるが、体が落下することはなかった。風が僕の手汗を乾かす。風に乗ってやって来たのは、子供の頃に過ごした世界の匂いだった。記憶の引き出しに閉じこもっていたいくつもの懐かしい匂いが、いっせいに溢れ出したかのようだ。小学生の時に通っていた書道教室の墨汁の匂い、スイミングの水の匂い。書道教室は今はもう無く、スイミングは経営母体が変わったのか、名称が変更されていた。ミロに牛乳を注いでいる最中の匂い。橋本くんのお姉さんの匂い。環奈さんだったか、名前は忘れたが、お姉さんもまだ中学生くらいだったにもかかわらず、エプロンの前ポケットから50円玉を取り出して、僕にくれたんだ。そりゃ、惚れるだろ!!
「唇が震えてる」と、彼女が僕の顔を観察するように言った。「どうしたの? 頬に何かが光ってるわ」
手で頬をぬぐってみると、それは涙だった。けれど、自分でも涙の理由がよくわからないし、泣いているなんて思われるのはなんだか気恥ずかしくて、「ああ、これはニキビだよ」と口走っていた。
彼女は一瞬黙り込んだが、それについてはスルーして、「道を覚えてるの?」と聞いてきた。
「そりゃね」と僕は答えた。「どの道も目隠ししたって歩けるよ」
「長い間、思い出すこともなかったのにね」と彼女は、僕の思考パターンを把握しているかのような言い方をした。「じゃあ、行きましょ」
僕たちは再び手をつなぐと、上空から急降下した。顔面で風を受け、髪をたなびかせながら斜面を下るように、落ちる。ミニチュア模型のようだった建物群が一気に巨大化し、路地を抜けると、滑り台やブランコのある公園の真上まで来た。
「ここがそうね」と彼女が言った。「ほら見て。まさにあなたが告白するところよ」
詰襟の学生服を着た僕らしき中学生が、セーラー服姿の女子中学生に、「ずっと前から好きでした」と言っている。なんでまゆさんが知ってるんだ? と思い、振り返ると、まゆさんは渋い表情で、手に持った竹刀(しない)を軽く振っていた。
「ずっと前っていつから? 生まれた時からってこと?」
「いや、たしか、1ヶ月とか2ヶ月だったと思う」
「それってずっと前?」
「そう言われると、ずっとではないかな」
「じゃあ、言い直してきなさいよ。1ヶ月とか2ヶ月前から好きでしたって」
「は?」
彼女が僕の背中をバンッと押すと、急に地に足がついた。視界の真ん前には、中学生のAさんがうつむきぎみで立っている。首元がなんだか息苦しい気がして、手をやると、詰襟のカラーに指が当たり、コツンと鳴った。
「いや、ずっとではないかな。なんていうか、1ヶ月か2ヶ月前から気になってたっていうか...」
「ごめんなさい」彼女のショートボブのような髪が垂れ下がり、後頭部を見せつけられた。「部活で忙しいから」
結局同じじゃないか、と僕は上空を見上げている。2ヶ月ほど前、中学2年生の僕は、竹刀を振る彼女の姿にときめいてしまった。胸の奥がキュンとうずくような、下腹部がキュッと締め付けられるような、そわそわするときめきに、家でも学校でも、授業中でも部活中でも、なんだかふわふわと10センチくらい浮いているような感覚で、ぼんやりしていた。そして居ても立っても居られなくなった僕は、ついに告白に踏み切ったのだ。
彼女が足早に去った後、僕はジャングルジムの上に座り、しばらく夕陽を眺めていた。ふと横を見ると、いつの間にかまゆさんも僕の横に座っていて、夕陽を眺めている。
「竹刀を振る姿が好きだったんでしょ。じゃあ、そう言わなきゃだめよ」
「人生、言えばよかったことだらけだよ」と、僕はつぶやいていた。中学2年生の時から全く成長していないような気がした。背は多少伸びたのだろう。知識も増えたかもしれない。でも最初の失恋から、根本のところは何も変わっていない僕がいた。夕陽を浴びながら感傷に浸っていると、ジャングルジムから真っ逆さまに、落ちた。と思ったら、目が覚めた。やはり夢だったらしい。
〔創作メモ〕
タイトル候補:①まゆさんのために;②天使にふれたよ!;③24人にふられた人生←24時間に合わせた?笑←よく思い返してみたら、ちょうど24人くらいなんだよね。←ふられすぎだろ!笑;④24のふられ方(それでもハッピーに生きる方法)←自己啓発本か?笑←小説も自己啓発本なんだよ。本を読む行為ってそういうことでしょ。
暫定1位:⑤天使にふられたよ!
偶然を装って出会う。ほぼ同時にほぼ同じ内容をツイート。「マジシャンかと思った!」というコメント。笑←マジシャン?笑(種ありバレてんじゃん!笑)←じゃあ、「能力者」にするか!笑笑
「昔の声優はお尻を出したりしてなかったから」
「どうしてキャンプリーダーになりたいと思ったの?」
送った手紙を授業中、女子間で回し読みされた。
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