『19曲のラブソング』2

『19 Love Songs』 by デイヴィッド・レヴィサン 訳 藍(2020年01月26日~)


トラック 4

クォーターバックとチアリーダー


無限の力みなぎるダーリーンは、デートの準備をしている。

彼女は顔の表面に化粧の薄い層を作ると、仕上げに軽く口紅をあしらった。彼女のメイクは自然に見えるように意図されており、―上手く化粧できた日は(というか、彼女は常に上手く化粧できるのだが)、誰も彼女が化粧していることに気づかない。口紅だけは見ればそれとわかったが、それも赤い唇に視線を引きつけようという彼女の意図である。

無限の(力みなぎる)ダーリーンにはたくさんの、非常に多くの友人がいるのだが、デート経験はそこまで多くない。彼女自身もその理由を完全には理解していない。たぶん彼女が忙しすぎるせいだろう。なにせ彼女は校内ミスコンテストで優勝したミスコン女王でありながら、放課後はアメリカンフットボールのフィールドをクォーターバックとして駆け回る花形選手なのだから。彼女は元男性のトランスジェンダーで身長が195センチもあり、しかもスーパースターということで、男子学生が畏縮してしまい、デートまでは至らないのかもしれない。友人以外に目を向けてみると、学校には退屈でダサい男しかいなくて、彼女がデートしたくなるような男がいない、というのもあるかもしれない。というか、多くの友人に囲まれていたいだけで、そんなにデートはしたくないという人も世の中にはいて、自分はそういう人なのだ、と彼女は自分自身に言い聞かせている。

もしどちらかを選べと言われたら、彼女はデートよりも友情を優先するだろう。ただし、彼女に何かを選べだとか、命令できる人は誰もいない。彼女が〈無限のダーリーン〉になったとき、彼女は誓ったのだ。人生は自分のためにあり、他の誰のものでもない、と。彼女は友人のために喜んで自身を捧げるだろうが、―それは誰かに求められたからではなく、彼女発信でなければならない。

彼女は緊張するような人ではないのだが、今日のデートには非常に緊張している。―というのも、彼女は自ら進んで、デートのことを友人全員に話してしまったからで、友人たちは興奮ぎみに、あるいはいつものように身震いしながら、彼女の話を聞いた。今、彼女は化粧を終え、デートがうまくいくことを願っている。それは友人たちが、彼女のデートがうまくいくことを願い、我が事のように応援してくれたからで、彼女はその期待に応えたいと思っている。「ダーリーンならきっとうまくいくよ。それだけの価値ある女性だから」と彼らは彼女を励ました。まるで価値があれば必ず愛にたどり着ける、価値こそが恋愛の鍵だ、みたいな言い方だった。ポールもノアもジョニも、他のみんなも彼女にプレッシャーをかけるつもりはなかったのだが、彼女はひしひしとプレッシャーを感じていた。

それは予期せぬデートに他ならなかった。何の前触れも、恋の予感もなく、一旦友情が芽生えてからそれが恋愛へと花開く、といったロマンチックな展開もなかった。デートの相手は、コーリー・ホイットマンという男性のチアリーダーで、彼はラムソン・デビルズを応援するチアリーダーのキャプテンだった。アメフトの試合で、相手チームのクォーターバックをしていたのがダーリーンだった。試合はダーリーンのチームが24対10で圧勝したのだが、試合後、彼がダーリーンに近づいてきて、声をかけたのだ。彼は彼女に、そのうちどこか外で会えないか、とデートに誘った。彼はチアリーダーの中でも目立っていたから、ダーリーンは試合中から彼の存在に気づいていた。彼は空中でくるっと一回転する宙返りを応援席で披露していた。―相手チームの選手の意識を試合から逸らして翻弄するために、しばしば美男子のチアリーダーが起用されるというは誰もが知るところだが、それでもダーリーンは彼の雄姿に目を奪われてしまった。彼女はボールを味方選手に向けて投げ、そのボールを味方選手がキャッチし、クォーターバックとしてパスを成功させた直後、誘惑に負けて応援席の彼に目が行ってしまった。彼はメガホンを使うという小賢しさも持ち合わせていて、ラップのリズムに乗せて、メガホンを打ち鳴らしていた。中でも最もダーリーンの胸を打ったのは、彼がキャプテンとして他のチアリーダーを扇動しながら、自分たちのチームの応援に徹していたことだった。決して相手チームに向けて、やじや罵声を浴びせたりはしなかった。彼はスポーツマンシップに則っていたのだ。そして〈無限のダーリーン〉は、スポーツマンシップを大いに尊重していた。

彼女は彼のデートの誘いに、その場ですぐに「はい」と答えなかった。彼女はそういう種類の女の子ではなかった。代わりに、彼女は携帯電話の番号を教え、後で電話して、と言った。―ちょっとしたバリケードを張ったのだ。こうすることで、面倒くさがりな男や不誠実な男を遠ざけることができる。しかし彼はたじろぐことなく、その日の夜、電話をかけてきた。そして、次の金曜日の夜にデートの予定が組まれた。

惑星のようにダーリーンの周りを取り囲んでいた面々の中で、チャックだけが、彼女のデートに懐疑的だった。チャックはチーム内で、フットボールにおける彼女の最大のライバルだった。

「罠だな」とチャックは言った。「ラムソンのやつらは、いっつも俺たちにちょっかい出してきやがる」

「でも彼らとの試合は終わったばかりよ!」と〈無限のダーリーン〉は指摘した。「今ちょっかいを出してきても、何のメリットもないじゃない」

「じゃ、復讐だろ」

「それだ!」

「俺はただ、あやしいって言ってるんだ」

「そりゃ、あやしいわよ。いかしたチアリーダーのキャプテンがあたしとデートしたいなんて、あやしいに決まってるじゃない。だけどチャック、あたしたちは今、軽犯罪とか重罪とか、そういう話をしてるの? 違うでしょ。それより、デートにどんな服を着ていけばいいのか教えてちょうだい」

先日の会話を思い出しながら、〈無限のダーリーン〉は、洋服選びがアメフトくらい簡単だったら良かったのに、と思った。なかなか服装が決まらず、もうコーリーは家を出たかもしれないという時間になっても、彼女はクォーターバックのユニフォーム姿だった。アメフトのユニフォームは、胸元がざっくり開いた洋服とは真逆で、胸の谷間を完全に隠していた。結局、外は寒いからという理由で、彼女はセーターにジーンズで出かけることにした。鏡の前に立ってみると、セーターもジーンズも、なかなか素敵にきまっていた。セーターはウールではなく、綿のものにした。彼がウールアレルギーだったら困るから。

そんなこと考えちゃだめ、と彼女は自分に言い聞かせた。彼があたしのセーターにくっつくくらい近寄ってくるなんて、そんなのあり得ないでしょ?

それでも彼女はその下に、素敵な下着を選んで身に着けた。


彼は6時に彼女を迎えに来ることになっている。

〈無限のダーリーン〉は窓辺で彼が来るのを今か今かと待っているわけではない。彼女はパソコンの前に座り、テスト前の最後の追い込みのように彼のことを調べている。コーリーが冬にはバスケットボールをしていることがわかった。それから、彼には付き合っている人がいないこと(ただ、女の子にのめり込みやすいタイプであること)、ランダムなアルファベットから単語を作るボードゲーム〈スクラブル〉が中毒的に好きなこともわかった。また、ニュージャージー州ラムソンの地元新聞のアーカイブで、彼が9歳の時のハロウィンの写真を見つけた。彼は『スター・ウォーズ』のランド・カルリジアンに扮して、トリックオアトリートと言いながら、近所を家々を回っていたようだ。〈無限のダーリーン〉はこの話題をすぐには持ち出さないでおこうと思った。

玄関のベルが鳴る。

歩き方にこそ、その人らしさが表れるのだ、と〈無限のダーリーン〉は悟っていた。彼女が〈無限のダーリーン〉になろうと決心した時、彼女が直面した最も根本的なチャレンジの一つが、歩き方を変えることだった。今でこそ無意識のうちに華麗に歩けるようになったが、最初は常に意識を足に向けながら歩いていた。―歩幅を一定に測るように、自分のペースを保ちつつ、自分の体から抜け出したいような歩き方ではなく、自分の体に含まれていることを楽しんでいるような歩き方を意識的に目指し、今では体が勝手にそういう歩き方をしている。階段に差し掛かれば、まるで宮殿の大階段のように一段一段を踏みしめながら歩き、歩道はランウェイと化した。じっと立っている時も、彼女はショーケースのモデルのように、全身で彼女らしさをアピールした。

(唯一の例外はフットボール場で、フィールドに立つと、彼女の体は何か別のものに変容した。時には巨大な建物になって相手選手の前に立ちふさがり、時には鳥になって素早く舞った。)

彼女が玄関のドアを開けると、コーリーはにっこりと微笑んだ。彼は彼女に会えて嬉しいことを隠そうともせず、それを表情と言葉で伝えた。

〈無限のダーリーン〉は警戒心を強める。こんなに簡単にうまく事が進むなんておかしいわ、と心のうちでガードを上げた。

家を出て、彼の車に向かいながら、彼は夕食の予約をしたことを彼女に伝えた。お店の名前を言い、あのレストランで良かったかな? と彼女に確認した。彼女は彼が予約をしてくれたことに喜び、さらに彼が良いお店を選んだことで、いっそう彼を気に入った。チアリーダーのキャプテンともなれば、お店を予約することも多いはずだから、おそらくそれゆえの良い選択なのだが、〈無限のダーリーン〉はチアリーダーのキャプテンとデートをしたことがなかったので、そこまで考えが及ばない。彼女は彼がユニフォーム以外の私服を着ているのを初めて見たことに気づく。当然、私服姿の方が魅力的だった。大きな「R」が胸に貼り付けられ、首にかかったメガホンがぎこちなく揺れるユニフォーム姿の彼を思い出した。まばゆいばかりのポリエステル製のユニフォームと比べると地味な服装ではあったが、彼が履いているジーンズのデニム生地がお尻の形をくっきりと浮き彫りにしていて、彼女は直視できずに目を逸らす。

彼が彼女のために助手席のドアを開けてくれるのを、彼女は手出しせずに待ってから、車に乗り込んだ。彼女は自分の体に合わせるように座席を大きく後ろに下げた。すぐに体はしっくりと座席に収まったが、より大きな問題は話題を見つけることだった。

〈無限のダーリーン〉が言葉に困って何も言えなくなることはそうそうない。彼女は普段から気の利いたことを瞬時に返せる自信があったのだが、機知に富んだやり取りが生まれそうもない雰囲気は彼女をまごつかせた。といっても、彼女は遠慮して何も言わないでいるわけではなかった。―自分の思いを抑えてまで黙っていようなんて感じさせるような男子と、彼女がデートするはずもない。仕方なく、適切な言葉が浮かび上がってくるまで、彼女は待つことにした。

コーリーが車のエンジンをかけると、大音量でラジオが鳴り響いた。すぐに彼はラジオを止める。

「ごめん。消し忘れてた」と彼が言った。

気まずい空気が流れる。〈無限のダーリーン〉は、コーリーが基本的に見知らぬ人であることを痛感する。

「この前の試合は素晴らしかったよ。君が中心でゲームを作ってた」と彼が言う。「君は本当に堂々としていて、輝いてた」

「あなたも輝いてたわ」と〈無限のダーリーン〉は答える。「特に、あのヤギの応援が好き。どんな感じだったっけ?」

コーリーは、まるでトヨタの車がライブスタジオで後部座席に観客がいるかのように振り返り、「ここで? ここであの応援歌を歌えって? ちょっとこの車だと狭すぎて、あれを歌ったらどうなるかわからない」と言った。

冗談ね。彼は結構融通の利く人で、冗談を言っているのだ。〈無限のダーリーン〉は冗談なんて言わないお堅いチアリーダーをたくさん知っている。西洋文明が欠点のない10人の賢者で築かれたと信じているような頭の堅い人たちだ。

〈無限のダーリーン〉は、明らかにシャイではない人が恥ずかしがっている感じが我慢ならない。彼にあの応援歌を歌わせる最も簡単な方法は、あたしが歌詞を間違えればいいんだ、と気づく。

行け、行け、ヤギのために頑張れ」と彼女は彼を促すように歌った。

予想通り、コーリーが首を振る。「違う、俺に任せろ」

それから彼は応援歌を歌い始める。


行け、行け、ヤギをとっつかまえろ!

跳ね橋を引き上げて

お堀を埋めろ!

吸血鬼のように襲い掛かれ

喉に嚙みつくんだ!

連絡網でこう回せ

投票に行け!


「神がかり的ね」と〈無限のダーリーン〉は感想を言った。「すごく独創的」

「まあな」とコーリーは言う。「ラムソンの応援歌で、これほど韻を踏んでるラップ調の歌はそんなにない。自分たちで独自に考えたんだ。でも、君は独創的なラップに詳しそうだね。掛け合ってみる?」

〈無限のダーリーン〉は固まってしまう。どういう意味?

「フットボール場で」と、コーリーがすかさずラップを刻み出した。「君がマリアにタックルしたみたいに、もしジョセフがマリアを抱いてやれば、聖母マリアが処女で身ごもったとか、受胎告知なんてコンセプトは必要なかったんだ」

〈無限のダーリーン〉の頭の中で、彼女の友人たち(それからライバル)の声が鳴り響く。

ああ、彼は君が好きなんだな、とノアが言う。

彼はイエス・キリストが生まれた日のことを歌って、君を誘ってるんだろ、とポールは言う。っていうか、気持ち悪いな。

それはパスじゃなくて、インターセプトだって俺は言ってるんだ! とチャックが主張する。

その後もコーリーはアメフトの試合について話し続け、〈無限のダーリーン〉も試合を思い返しながら受け答えをしていた。二人が共通して持っている話題は、アメフトしかないのかもしれない。二人は安全地帯に留まっていたいと思っているが、今はそれで良くても、そうそういつまでも、同じ話題ばかりを話しているわけにはいかない。

コーリーがラジオを低音量でつけ、流れ出した歌を口ずさみながら、リズムに乗せてハンドルを叩き出した。彼は根っからの幸せな人なんだ、と彼が放つオーラから伝わってきた。―月の光の中にいるような影もないし、虹のようにいろんな色を持ち合わせている感じでもない。人生は基本的に良いものだと、初めから信じて疑っていないハッピーな人なんだと思った。20秒くらい彼を見続けていたら、彼の心の中には常に歌が流れているんだな、と〈無限のダーリーン〉は感じた。時には悲しい歌も流れるのかもしれないけど、とにかく音楽は常に流れているんだわ。

「俺が大好きなものって何かわかる?」と彼が聞いてきた。

「わからないわ」と〈無限のダーリーン〉は答える。「なあに?」

「車のバンパーに貼ってある、お馬鹿なステッカーだよ」

何のことを言っているのか気づくまで少し時間がかかったが、右の車線を走る車のステッカーが目に入った。

USA:常に強く、決して間違えない。

「チアリーダーのワルたちが集まった秘密結社のスローガンっぽいな」とコーリーが鼻で笑い飛ばすように言った。

「もっと良いスローガンを考えましょう」と〈無限のダーリーン〉は提案する。

コーリーは少し考えてから、「『常に玉遊び、決して棒遊びはしない』なんてどう?」と投げ掛けてきた。

「『常にパレオを巻いて隠す、決してTバックは穿かない』」と彼女が韻を踏んで返した。

「おお、それいいね。バンパーステッカーにして売り出そう」

〈無限ダーリーン〉は同意する。「そうしましょう」


目を閉じると、〈無限のダーリーン〉は明るい光に包まれる。彼女はこの瞬間が好きで、時々こうして光の世界を漂っている。それは彼女が子供の頃に遊んだ記憶ゲームに似ている。対象物が表示され、それから目を閉じて1分間くらい、頭の中でそれを思い浮かべている感覚。こうしている間だけは、彼女は周りの世界をすべて把握できる。意識をさっきより少しだけ深いところまで沈め、視覚以外の感覚に周りの世界の煩わしさを責任転嫁してみる。空気中にオーデコロンの香りがかすかにした。水中に色のついたインクをぽたりと垂らしたみたいに、じわっと香りが広がっていく。もし匂いについて聞かれたら、〈無限のダーリーン〉は、青みたいな香りね、と言うだろう。ラジオから低音量で流れる歌を、彼が指でリズムを取りながら口ずさんでいるのが聞こえる。車が道路をひた走っている振動を体の下で感じている。

コーリーが気付く前に彼女は戻ってきたが、しばらくの間、彼女は別世界にトリップしていた。そして今、目を開いた彼女は、視界に彼の姿が映る世界にいたいと確信した。


二人はレストランに到着した。〈Black Thai Affair〉—つまり「黒人とタイ人の不倫」という許されざる恋みたいな名前のレストランだが、料理の味には定評がある。

人々の視線を感じる。〈無限のダーリーン〉が店内に入ってくると、みんなが一斉にこちらを見た。彼らは彼女とコーリーが席につくのを観察している。〈無限のダーリーン〉はこれには慣れている。彼女の元の性別がどうかという疑問を抜きにしても、彼女はとてもとても背の高い女性だから、単純にその事実が人々の目を集めてしまうのだ。彼女はコーリーより少なくとも15センチも背が高い。しかし彼は気にしていないようで、それどころか、周りの人たちが見ていることにも気づいていない様子だ。昔の名曲が降り注ぐテーブルで、彼はじっと彼女だけを見つめている。

〈無限のダーリーン〉とコーリーの元にメニューが届いた。タイ料理の店に来ると、もれなく付いてくる基本的で本質的な問題に二人は直面する。―すなわち、「パッタイ」(パスタのタイ版)を注文するかしないかを決めなければならない。〈無限のダーリーン〉はたまらず「パッタイ」を注文した。コーリーはバジルの料理を注文したが、パッタイにするか迷ったことを認めた。

二人は差し障りのない質問をし合う。それにより、ラムソンも悪い学校ではないことがわかったが、〈無限のダーリーン〉は、あたしの学校の方がいいわね、と思った。コーリーには3人の姉妹がいることがわかり、〈無限のダーリーン〉は、あたしは一人っ子なの、と答えた。コーリーはバスケットボールが大好きだと言ったが、〈無限のダーリーン〉は、あたしはここ何年か我慢して、あえてバスケから距離を置いてるの。だって、あたしみたいに背の高い女子がバスケしたら、いかにもって感じじゃない? と返した。

「我慢するのは良くない。自然体が一番だよ!」とコーリーが言った。

「前はバスケもしてたのよ。でも...」と〈無限のダーリーン〉は尻すぼみで話すのをやめてしまった。

「でも?」

でも。〈無限のダーリーン〉は頭の片隅で自分自身と相談し、ぐじぐじと悩んでいても埒が明かない、彼には本当のことを話そう、と決めた。

「でも...あたしたちの高校には2つのバスケットボールチームがあるんだけど、どちらも男女混在じゃないの。あたしの町には、あたしが女子チームでプレーしたって気にする人は誰もいないんだけど、他の町のチームと試合したりすると、向こうのコーチが文句を言い出すのよ。それで、あたしはフットボールと慈善活動に専念することに決めたの。この2つが前からずっと私の最大の関心事なのよ」

彼女の選択や行為が他の人々の心の狭さに阻まれ、そのたびに心が折れていた時期の話をするのは、なんとしても避けたいと彼女は思った。それについて話したり考えたりするたびに、もう一度他者の壁にぶつかるみたいに、当時のつらさが蘇ってくるから。さらにその話をしながら、相手の反応を見て、現在進行形で新たな壁が出来つつあるかどうかを見定めなければならないから。

「それは間違ってる」とコーリーが言った。「絶対間違ってるよ」

「そこの女性の履き物のチョイスほどは間違ってないわ」と〈無限のダーリーン〉は、左側に視線を向けながら言った。さっきからこちらの話に聞き耳を立てている女性の足元を見たら、パンプスと、もふもふブーツの合いの子みたいな、あたしにはよくわからない靴を履いていたから。

自分のことを言われているとわかったのか、盗聴女はそそくさと席を立ち、離れていった。

「どのくらい経つの? 君がそうやって立ち向かって―」とコーリーが聞いてきた。

「そんなに凄いことかしら?」と〈無限のダーリーン〉は割って入った。

コーリーが微笑む。「うん。とても凄いことだよ」

彼が笑うと、彼の声を聞くと、〈無限のダーリーン〉の脳が即座に指令を出し、全身の神経がしびれる感覚がある。ほとんど条件反射みたいに魅惑の派遣団が脳から全身を駆け巡るのだ。多幸感をもたらすエンドルフィンと、興奮をもたらすアドレナリンが、絶妙なバランスでその部隊には配合されていて、彼女自身が司令官を務めている感じだ。

「自慢話みたいになっちゃうんだけどね」と、彼女は秘密を打ち明けるみたいに身を乗り出し、彼に近づいて言った。「あたしって生まれた瞬間から、凄い赤ちゃんだったのよ。お医者さんがあたしを一目見て、なんて言ったと思う? 普通は元気な女の子ですよとか、元気な男の子ですよって言うじゃない。でも違ったの。キラキラ輝く星のような子ですよって言ったんですって!」

そこで一呼吸置いてから、彼女は続けた。「あたしは家族の喜びを一身に受けた、喜びの束だったのよ。―でも時が経つにつれて、だんだんとその束はほつれていって、いつしか絡まり始めたの。気づけば、あたしには星のような輝きなんて無くなっていたし、あたしが選択していいんだなんて思えなくなっていた。選択できるなんて考えは夢みたいに遠くに行っちゃった。心の中では、あたしが本当はどういう人なのかわかってはいたんだけど、―それを表に出して、周りに主張するだけのパワーがなかったの。なかったというか、自分で勝手にないって否定してたのね。ある朝、あたしは、もううんざりって声に出して言ってたわ。そして決めたの。他の人に対してではなく、自分自身に対して正直に生きようって。自分は星のように輝いているんだって自分にアピールする感じ。そしたら周りの人も同調してくれた。もちろん全員の足並みが揃うはずもなく、あたしに対して当たりが強い人もいたけれど、そういう人は美容院の床に落ちてる髪の毛ほども価値がないんだって思えばいいってわかったの」

〈無限のダーリーン〉はそこで話を切り上げ、コーリーを見た。彼は、わかるよ、と同調するように頷いていた。「あなたもそうなの?」と彼女は聞いた。「あなたも星のように輝いていたのね?」

彼は恥ずかしがっているのかしら? きっとそうね、と〈無限のダーリーン〉は思った。彼がほんのりと顔を赤らめたから。

「初めて完璧な側転ができた瞬間のことは今でもはっきりと覚えてるよ」と彼は話し始めた。「俺は10歳だった。その日までずっと側転の練習をしていた。―毎日裏庭に飛び出して、繰り返し繰り返し、芝生の上で側転に明け暮れた。芝生全体に無数の手形が残るくらいにね。母親に、もうやめなさいって止められたよ。でもやめなかった。俺は側転のとりこになっていたんだ。側転の細部すべてが機能し合う感覚に夢中だった。俺の体のあらゆる要素が均衡を取って、両足が宙に舞い上がる。頭と踵が逆さまになって、ほんの数秒世界が反転する。再び足が地面に着地した瞬間、俺はやった、と感じた。凄いことを成し遂げた感覚があった。あの時の俺は、その数秒間は、星のように輝いていただろうね」

彼は続けた。「それが始まりだった。夢中になって打ち込める何かを見つけること。俺にはそれを見つける才能があるってわかった。―でも真の凄さっていうのは、それを他の人たちと共有できる能力なんだって思うようになった。その手掛かりをつかんだ時から、物事がしっくり来るようになったよ。いろんなことが正しいって感じる」

「あたしはいろんなことを証明したい」と〈無限のダーリーン〉は言った。「あたしは他の人たちが間違ってるって証明したいし、自分が正しいってことを証明したい。だけど、あたしが何かをする真の理由は、それじゃないって気づいちゃったの。目から鱗が落ちるってこのことか、と思ったわ。それがわかってから、前より一段と生きやすくなった。物事を証明しようと必死になって生きるなんて、誰がそんな人生を望むっていうのよね? あたしだって人生を楽しみたいわ」

初デートが始まってからまだ42分しか経っていない段階でする会話としては、かなり珍しい話題だった。しかし〈無限のダーリーン〉もコーリーも、お互いにうまく対応し乗り切った。会話が一段落して、笑顔もなく話していたことに二人は気づく。―どちらからともなく、相手に向かって微笑みかけた。そして、お互いの瞳の中にいたずらっぽい輝きを見出せた時、二人は気まずさを乗り越え、つながった気がした。体と体、頭と頭、心と心がつながって、いろんな思考や感情が行き来し始める。その流れ出した感覚に装飾を添えるように、二人は思わずにっこりと笑っていた。


タイ料理店は調理が早いということもあり、料理は間もなく運ばれてきた。

〈無限のダーリーン〉は、レディーのように食べることを心掛けた。女の子ではなく、大人の女性として品良く食べたかった。それは彼女にとってチャレンジであり、神経を研ぎ澄ますような精密さを要求された。まるで周りの世界の礼儀正しさに敬意を払っているような気分になる。彼女の周りの世界を成り立たせる要素に長らく礼儀正しさは欠けていたから、余計に酷だった。

彼はそんな彼女を見ているが、批判的なまなざしではない。彼は彼女をじっと見ているが、差し出がましい感じでもない。デートしているカップルの中には、彼氏が彼女にあれこれ口出しして、相手の今までのストーリーを消し、自分好みに書き換えようとする人もいるわけだけど、この二人には当てはまらない。

〈無限のダーリーン〉も、批判的な精神を伴わない広い心で彼を見返す。

自分で作り上げた人格をまとって生きようとすると、―つまり、自分で自分自身をプロデュースしようと躍起になっていると、他人を寄せ付けなくなってしまうことがある。まだ完成していない部分を見せたくないという思いが働き、そんなに近づかれたら、欠点やほころびが見えてしまうと恐れるのだ。〈無限のダーリーン〉は今それを感じている。ただ、彼女はその裏側に隠された事実にまだ気づいていない。―つまり、相手を遠ざけるということは、自分も相手に近づけないのだ。ゆえに、相手の不完全な部分や、ほころびや、彼が懸命に自己をプロデュースした跡としての縫い目が彼女からも見えない。

二人は10代の若者で、平均よりやや高級なタイ料理店の真ん中のテーブルで向かい合い、自己プロデュースした自分をなんとか操っている。そして、二人一緒に入れるような一層大きなもの、「二人乗りの自己」的なものを作り上げようとしている。コーリーは冗談を言ったり、笑ったり、頭に浮かんだ音楽のいくつかを口ずさんで披露したりしているが、同時に緊張してもいる。彼の内面は緊張しきっていて、体中の赤血球や白血球が高速で廻っているのを感じ取れるようだ。自分の体がこれほどまでに騒がしくうごめき、決して落ち着くことのないものなのかと実感しつつ、その事実を目の前の彼女に実演披露している気分になる。〈無限のダーリーン〉はピーナッツを食べ、ライムが乗ったタイ料理を味わう。タイ料理店に来なければ、決して組み合わせようとは思わないだろう食材の組み合わせを味わいながら、あたしってやっぱり身長が高すぎるのよね、とか、あんまり面白いこと言えてないわ、とか、歯の間にピーナッツのかけらが挟まってないかしら、と心配している。

目の前に美少年がいても、あなたは美しすぎてあたしには不釣り合いだわ、なんて思わずにいられたらいいのに、と彼女は考えている。

一方彼は、周りの空気に言葉が溢れすぎて、どの言葉が自分の言いたいことにふさわしいのか決めかね、結局一言も発声できずにいる。

恋のキューピッドがお助けの矢を放つ必要があるのは、お互いがシャイだからかもしれない。

コーリーはシャイゆえに、彼女をデートに誘いたいと思った瞬間のことを話せずにいる。あの時、プレーが開始され、ボールが彼女にスナップされた。彼女はフィールドを見渡し、どこに投げるか見定めようとしている。敵のラインバッカーが彼女に向かって突進していく。彼女に残された時間は2秒か、1秒しかない。でも彼女はそんなことお構いなしだ。まるで彼女の周りだけゆっくり時が流れているかのような悠然とした表情で、彼女はフィールドの状況を見極め、20ヤード先に空いているレシーバーを見つけた。その瞬間、彼女の顔に笑みがほとばしった。投げる前からパス成功を確信した表情だ。彼女の腕からボールが放たれる。チアリーダー席で応援の真っ最中だったコーリーは、ぴたりと動きを止めてしまう。喉が詰まったようにラップ調の応援歌も出てこない。彼の目には彼女のスマイルしか映っていない。彼女の穏やかな動きから放たれたボールが宙を舞っている間も、ラインバッカーが彼女に詰め寄り彼の視線を遮ってもなお、彼は彼女を見続けていた。彼は彼女を知りたいと思った。彼は彼女についてすべてを知りたかった。

〈無限のダーリーン〉もシャイゆえに、友達はたくさん、たくさんいるんだけど、デート経験はそんなにないの、と言えずにいる。彼女はシャイゆえに、だいたい何事にも動じずに過ごしているんだけど、たまにふと心がざわつく瞬間があるの、と言いたいのに言えない。彼女の友人たちに話しても、そんなの理解できないと言われるばかりでわかってくれない。彼女は自分の内面の奥深くに沈み込み、底で不安定に流れる自分を見てしまう。今までいろんな選択や決断をして生き延びてきた。生き延びただけでなく、成功を収めたともいえる。しかし、心の奥の彼女自身はこんなにも不安なのだ。自分がなりたい自分にはなれた。だけど、誰かが好きになってくれるような、誰かが恋してくれるような自分にはなれていないのではないか、と不安がどっと押し寄せてくる。実際には目の前の彼に恋されているのだが、彼女はその不確かな可能性しか知らない。

「君の料理はどう?」とコーリーが聞く。

「美味しいわ。あなたのは?」

「凄く美味いよ。凄くバジルが効いてる(basil-y)」

「バシリカ聖堂(Basilesque)」

「バシリカ様式(Basilican)」

「バジル的(Basiltastic)」

「バジルづくし(Basilriffic)」

「バジルずくめ(Basiletic)」

「バジル三昧(Basilous)。俺の料理はまさにマジル三昧だな」

〈無限のダーリーン〉は箸をフォーク代わりにして、麵をくるくると巻き付ける。「やっと空気が落ち着いたっていうか、なごんできて良かったわ」

コーリーが動きを止めた。キューピッドが狙いを定めて、矢を放ち、コーリーのハートを打ち抜いたのだ。コーリーはその矢をどうするのか、横に置いておくだけか、会話に活かすのか、その選択は彼にゆだねられた。

「他の形容詞について質問してもいいかな?」と彼は思い切って、矢を放った。

「形容詞の質問って、あたし大好きよ!」と〈無限のダーリーン〉は答える。

「自分をどう形容するかっていう質問なんだけど」

〈無限のダーリーン〉は微笑む。「なるほど。どういう会話がしたいのかわかるわ」

「周りの人たちがひっきりなしに聞いてくるよね?」

面白いことに、彼女にそういうことを聞いてくる人はあまりいない。

無限の、なんてどう?」と〈無限のダーリーン〉は提案した。

コーリーは頷く。

「というのもね」と彼女は説明する。「ある時、気づいちゃったの。あたしって有限の人生を送ってるんだなって。それで、有限の人生なんてもう要らないって思ったの。有限性は絶対に避けられないっていうのはわかってるわ。―みんないつかは死んじゃうし、誰も歩いて月に行くことはできない、とかそういうことね。でも、それでもあたしは、自分の人生を無限に生きたいのよ。なんだってできる、何でも可能なんだっていうつもりで生きたいの。だって、有限に生きたってつまらないじゃない。そんな人生、色が無さすぎるわ。永遠に続かないことはわかってる。だけど、自分が正しいと思った方向へ、いつでも進みたいと思ってる」

キューピッドの矢は、実は矢ではないかもしれない。それはたぶん、正しい方向に伸ばした手だけがつかめる鍵なのだろう。〈無限のダーリーン〉は、そう言っている自分の言動が有限だと気づき、その不安感に駆られるようにして、心の奥に鍵をかけ、ありのままの自分をしまい込んだ。

「たとえばね」と彼女は言う。「有限の人がこのテーブルに、あなたの目の前に座っているとするじゃない。その人は、きっとタイ料理の魅力を凄く丁寧に語ると思うのよ。たとえば、ベトナム料理と比べたりしてね。それから有限の人って、きっとあなたのことを物凄く好きだって言うわ。大袈裟に、コーリー、あなたがとっても好きよって。そういう人は自分に対して疑問を抱くことがないから、そういうことが簡単に言えちゃうのね。―こういうデートの時は、特にその場限りって感じで。有限の人は、手を差し出して、あなたの手をつかもうともしないわ、今からあたしがするみたいに」

彼は水の入ったグラスを手につかんでいて、それを唇に向けて上げかけたところだったが、グラスを置いた。透かさず彼は彼女の手に向けて、自分の手を差し出した。彼女が手を伸ばそうとする時にはすでに、彼の手がすぐ近くにあった。

「あなたも無限よ」と〈無限のダーリーン〉が言った。「あたしにはわかるわ」

キューピッドの鍵は彼女の掌の中にあって、彼女はそれを彼の掌の中に滑り込ませた。

「すっかりね」と彼は言った。「俺は骨の髄まで無限だよ」


この瞬間、〈無限のダーリーン〉の中で何かが切り替わった。それは一旦切り替わったら、もう元には戻せない類いのシフトチェンジだった。これまでの人生、彼女には常に二つの相反する力が働いていた。彼女の友人たちは、いつでもイエスと言って彼女を肯定してくれる、とりでのような存在だった。彼らは「ダーリーンはそれだけの価値ある女性だから」とか、「君は凄い人だよ」と言って励ましてくれる。一方、家族や同じコミュニティーに属する人たちは、ノーと言って彼女に圧力をかけ、彼女の行動を制限しようとした。全く見ず知らずの人たちも、彼女を罠にかけ、ズタズタに傷つけてやろうと躍起になった。それは永続的な試練であり、彼女は綱引きの綱になったかのように、常に両側から引っ張られていた。

ようやく今、二つの力がふっと緩み、両者同点優勝のような勝利の瞬間が訪れたのだ。


コーリーの中でも、何かがシフトチェンジした。彼は自分が無限の存在だなんて一度も思ったことがなかったから、今、それが可能かどうか思案している。

彼はその考えを彼女から授かったことに、感謝の念でいっぱいだった。


成功する初デートというのは、こんな感じでうまく事が運ぶものだ。

喩えると、本の最初のページを開いて、いきなり物語世界に取り込まれるようなゾクゾクした感覚を覚える。

そして、わかる。―本能的にわかるんだ。―とても長い物語になるってことが。


コーリーと〈無限のダーリーン〉は向かい合って座りながら、周りからの視線を集めていたのだが、二人の世界に入り込んでいたので気づいていなかった。お店の端の席に年配のカップルが座っていることにも、二人は当然気づいていない。そのカップルは60代で、お互いがお互いの妻であるようだ。壁を背にした妻の方がダーリーンたちに気づき、ほら見て、という感じで指し示す。もう一人の妻が体を反転させるようにして、ダーリーンたちを見る。それから向き直り、二人の妻はしばらく微笑み合っていた。私たちにもあの頃があったね、とダーリーンたちの気持ちを正確に推し量るように懐かしんでいる。とても類似した本の後半のチャプターに、そのカップルはいるわけだ。


「タイ料理って神ね。凄く美味しいわ」と〈無限のダーリーン〉は宣言した。「だけど、タイ料理のお店ってデザートとなると、タッチダウン寸前にボールを落としちゃったみたいに残念なのよね、そう思わない?」

コーリーは、何のひねりもないアイスクリームを食べたい気分でもなかったので、同意した。

「じゃあ、どこへ行こうか?」と彼が聞く。

「そうね、どこがいいかしら?」と彼女は返す。


頭にいくつもの候補地が浮かんだ。〈スピッフ・ビデオラマ〉に立ち寄って、二人の好みが最も一致するのはどのビデオかを確かめてもいいし、〈無限のダーリーン〉の友人ジークが、近くのコーヒーショップで演奏会をしているというから、それを見に行くという手もある。そのコーヒーショップはどのカプチーノを注文しても、表面にミルクでハートを描いてくれるから、二人でハート型のカプチーノを堪能してもいい。あるいは、〈ソックス・ボウル〉に行ってボウリングをするというのもありだろう。スコアよりも、靴を脱いで、靴下で光沢のある床の上をツルツル滑る感覚に酔いしれるのも一興かもしれない。地元のレストランに行って、ミルクシェイクを飲んで、ピンボールをすることもできるし、墓地を散策しながら、そこに眠るいくつもの物語に思いをはせるのも、気が利いてるかもしれない。この前試合後にデートに誘われたラムソンのフットボール場に行って、誰もいない観客席に二人並んで座り、夜空を見上げて星座を見つけるというのも、素敵な過ごし方だろう。

しかし、それらはすべて、二人とも行ったことがある場所だし、どちらかの友人と出くわす可能性もある場所だった。街路灯で照らされた、人通りの多い道を二人で歩くというのも、知り合いに目撃されてしまうかもしれない。

二人ともまだそれは望んでいなかった。いずれ時が来れば、お互いの友人たちに紹介し、彼らのストーリーを語って聞かせる日が来るだろうけど、今はまだ、その時ではなかった。

二人はコーリーの車に乗り込み、タイ料理店を後にした。


・・・


〈無限のダーリーン〉にはある考えがあった。いくぶん頭がおかしい人の考えることかもしれない。

コーリーに話してみると、彼は笑みを浮かべ、それはいかれたアイデアだね、と言った。しかし、非常識だからやめておこう、という話の展開にはならなかった。

そこは二人とも行ったことがない場所だった。


マンハッタンの繁華街にたどり着くまでに1時間かかる。さらに、繁華街を通り抜けるのに30分はかかるだろう。

それまで二人は車の中で、沈黙することなく喋り続けていた。―うわさ話をし、冗談を言い合い、適当に思いついたことを共有した。ニュージャージー州とニューヨーク市を隔てるハドソン川の地下には、〈リンカーン・トンネル〉が通っている。そのトンネルに入る車の列に並びながら、カーブを描く高架道路で順番を待っていた。〈無限のダーリーン〉は、ここから見る景色が昔からどれほど好きだったかをコーリーに語った。

「こんな風にあの街を眺めてるとね」と彼女は言い、ハドソン川の向こうに広がる、無数の光がまたたく摩天楼を、両手を広げるようにして指し示した。「思わず息をのんで見入っちゃうの。だけど、あたしが〈無限のダーリーン〉になってからは、違う要素がこの景色に加わったのよ。前はね、凄く大きな街だな、なんて煌びやかなんだろうって感嘆するばかりだったわ。だってほら、あたしってキラキラしたものが大好きでしょ、だから、あの街がすべてのものの中で一番輝いてるからっていう理由で好きだったの。でも、―今はそれだけじゃないわ。こんなこと言うと、いかれてるように聞こえるかもしれないけど、あたしはあの光り輝く大きな街に突っ込んで行きたいし、それだけじゃなくて、未来に突入したいのよ。あたしは、生まれ育ったニュージャージーの町が大好きよ。だけど、あたしは〈無限のダーリーン〉だからね、自分の町よりはるかに大きくなっちゃったの。あの大都会こそが、あたしの未来よ。ほら見て、あそこにあたしの未来があるわ」

コーリーは、自分の将来についてそこまで自信を持ったことは一度もなかった。彼は彼女にそう伝え、でも、そういうのっていいと思うよ、と付け加えた。

「たまには運転手が大都会までお供しますよ」と彼は言った。

彼もまた、キラキラしたものの価値がわかった。気品とか、自信とか、そういうのって何よりも光り輝いているものだ。二人の頭には、未来の青写真が描かれつつあった。しばしばそうなってしまうものだが、好きになりつつある人の影絵のような青写真が。


マンハッタンの繁華街を抜けると、ブルックリン橋はすぐに見つかった。しかしブルックリン橋の付近に駐車場を見つけるのは、そう簡単ではなかった。結局、コーリーはイースト川から数ブロックほど離れた、チャイナタウンに差し掛かった辺りに、一台分車を停められるスペースを見つけ、巧みにハンドルを回してそこに車をねじ込んだ。

「さあ、行きましょ!」と〈無限のダーリーン〉は言った。彼女は彼の手をつかむと、彼を引っ張るようにつかつかと前へ歩みを進める。二人はクォーターバックとチアリーダーで、カップルになったばかりだったが、ニューヨークの誰一人として、二人の存在に気づいていないようだった。チャイナタウンに店をかまえる店主の何人かは、店の前を颯爽と横切る〈無限のダーリーン〉を一瞥したが、たまに見かける夜の一場面、大都市を構成する一つの要素に過ぎない、といった感じですぐに目を逸らす。

ブルックリン橋の歩行者通路に近づくと、〈無限のダーリーン〉は打ち明けた。「あたしね、小さい頃からずっとここに来てみたかったの」

コーリーは彼女の姿を思い描く。―彼女がまだ小さな女の子だった頃の姿を思い浮かべる。彼女はドレスを着て、あごひものついた白い帽子をかぶっている。4月のイースターパレードの日に、おめかしして街に出てきたのかもしれない。それは単なる彼の想像でしかないことを彼はわかっていたが、〈無限のダーリーン〉が今までにたどって来た過去の情景をありありと思い浮かべることができた。あどけない彼女の姿は説得力を持って、彼の胸に刻まれた。

彼は高所恐怖症だったが、〈無限のダーリーン〉にそれを言わなかった。二人は木製の橋の上に足を乗せる。―実際の川が立ち尽くす二人の前に広がった。歩道の下の車道をひた走る車の通過音と、風の音だけが聞こえる。―彼の足元が若干心もとなくなる。彼はここがこんなにも風が強く吹き付ける場所だとは思ってなかったし、それは彼女も同じだった。風に煽られ、彼女の髪が四方八方に飛び散るようになびいている...しかし彼女はその感覚を気に入った。世界が少し気を許してくれたみたいな、世界が心を開き、ありのままの自由な姿を見せてくれたみたいな気がした。

彼は膝が少しがくがくと、ぐらつくのを感じる。車の音は気休めにもならない。彼はこの橋が100年以上もここに立っていることを知っている。彼は今夜がこの橋の最期の日になるのではないかと心配でならない。こんな仕事やってられねえよ、と言って、橋が今夜きりで職務を放棄してしまうのではないか。

彼女はわかる。彼は勇敢な表情を必死に取り繕っている。そういう強がりの表情というのは、学生が相手の人間性を見抜く際に、最も簡単に見破れるものなのだ。

「あらまあ」と彼女は言いかけて、発言に修正を加えた。「あら、可哀想に、あたし何かあなたに不都合なことしちゃった?」

しかし彼は立ち止まらなかった。彼は彼女の手を握り締め、先へ進んだ。二人は橋の真ん中辺りまで来た。

橋を吊り上げているケーブルが、二人の両側でピンと張って伸びている。ケーブルをたどって視線を走らせると、古くて不死身に見える塔につながっている。そろそろニューヨーク市が何か手入れを施してもよさそうな頃合いにも見える。車のヘッドライトとテールランプが二人の足の下を流れてゆく。川は暗い水面を揺らし、月は一つの雲の背後からこちらを覗くように、雲の周囲をぼんやりと光らせている。

「今夜こんなところに来るなんて思ってもみなかったよ」とコーリーは〈無限のダーリーン〉に言った。

彼女は髪をなびかせながら、微笑む。「あたしもよ。あなたと同じ、あたしも全然思ってなかったわ」

彼女は彼の片方の手を握っている。彼が彼女のもう片方の手を取る。彼らは一つの輪になった。

彼は彼女の腕を引き寄せ、背伸びをするようにして、顔を近づけた。彼女は何が起きているのかを理解し、ゆっくりと腰を曲げ、彼女の唇を彼の唇の上に乗せるように、重ねた。

それは〈無限のダーリーン〉にとってファーストキスではなかったが、重要なキスという意味では最初のキスだった。今までのキスは、どれもお試しみたいなものだった。今回のキスは、創り出されるべくして創り出された作品のように、ずっと残っていくだろう。

彼女は目を閉じていたが、意識は遠のいていなかった。実際、彼女の意識はどこにもさまようことなく、その場に留まっていた。彼も同様に明瞭な意識のまま、キスしていた。


車が足元を次々と通過してゆく。何十人、いや何百人もの人々が横を通り過ぎてゆく。月はわずかばかりその位置を変える。点のような無数の光が水面に反射し、ゆらめいている。


彼女は目を開き、彼の瞳の中を覗き込む。

「世界にはあたしたちの二人しかいないのよ」と彼女が言う。

「世界には俺たちの二人しかいない」と彼は同意する。


とても長い物語になる、とはっきりとわかった。





〔感想〕(2020年5月3日)


〈無限のダーリーン〉は長身のアメフト選手で、内面は女の子ということで、地の文は硬質な感じを心がけ、会話の台詞は女の子っぽく訳しました💙💖


「an insane idea」(いかれた考え)だと言っていたので、どこに行くのかと思ったら、ブルックリン橋の歩行者通路で...

『ティファニーで朝食を』や『ダッシュとリリーの冒険の書』などの小説の中で、藍はすでに行ったことがある場所でした...(そういう小説が好きな藍も含めて、小説の中の人たちはみんな、いかれてるってことかな?笑)


「世界には二人しかいない」というのは、「周りの目とか陰口とかは気にしなくていい」という意味でしょう!

ただ、藍はおっさんになった今もそうだけど、特に若い時は、なかなか気にせずには過ごせないものなんだよね...涙

ぼくも周りを気にしない〈無限の藍〉になりたい...号泣




トラック 5


一旦飛ばします。笑

自慢ですが、藍は英文を読むのが速く、1ページを1分もかからずに読めるので、もうトラック 5を読み終わりましたが、一旦飛ばしますm(__)m笑

どんなに好きな歌手やバンドのアルバムでも、1曲くらい毎回飛ばしちゃう曲ってありますよね? 藍はあります!しかも、なぜか5曲目くらいが多い♬

そのうち、気が向いたら訳すので、ゾウさんのように待っていてください!爆笑




トラック 6

即席のサンタクロース


ボーイフレンドから「サンタクロースになってくれ」とせがまれると、あれ、私ってサンタサイズだっけ? 自分でも気づかないうちにちょっと太ったのかな? と思ってしまう。

「でも、私はユダヤ人だから」と私は渋る。「もしキリストになってくれ、と言うのなら、まあ考えないでもないわ。―少なくともキリストは私と同じユダヤ人だし、Speedoの競泳用水着を着ても、ビシッとさまになるでしょうから。それに、サンタって押しつけがましいっていうか、陽気になるように要求してくるじゃない。キリストは、ただ生まれただけでいいって言うわ。そのままでいればいいって」

「真剣に頼んでるんだ」とコンナーが言った。彼が私と真剣に向き合うことはめったになかったから、彼がわざわざそう言わなければならないのも無理はない。「去年のクリスマスまでは、ライリーはサンタを信じてたんだ。でも、あやしんでた。今年も俺がサンタをやったら、完全にばれてしまう。だから君じゃないとだめなんだ。君しか頼める人がいないんだよ」

「ラナに頼んだら?」と私は言う。彼には二人の妹がいるんだけど、ライリーが下の妹で、ラナは上の妹よ。

彼は首を横に振る。「無理だよ。絶対に無理」

まあ、たしかに無理ね。ラナはまだ12歳で、気性が荒いし、サンタクロースになりきるよりも、爪(クロース)を立てて攻撃をしかけてくるタイプだから。私は彼女が怖いわ。

「ねえ、お願いしまちゅよぉーーー」とコンナーが赤ちゃんのような甘い声を出す。

彼がそんな可愛い声を出すなんて信じられない。彼にそう言うと、恥を忍んで頼んでいるんだ、と懇願してくる。恥もなにも、私がサンタをやるとしたら、恥をかくのは私の方じゃない。

「サンタの衣装を君の体型に合わせて仕立て直す必要もないだろうから!」と彼は断言口調で言う。

私が恐れているのは、それなのよ。


・・・


私にとってのクリスマスイブは、毎年家族で集まって、翌日に映画館に見に行く映画をどれにしようか、と話し合いながら過ごすのが定番だった。(私の家族は熟慮を重ねに重ね、いつもこじれるので、ローマ教皇を選出する会議の方がすんなり決まるんじゃないかと思ったりする。)なんとか結論が導き出されると、私たちは散り散りになって、それぞれの部屋で別々のことをし出す、というのがいつものイブの夜だった。

私の家族には特別信仰心の熱い人はいないけれど、私がサンタの衣装を着て出かける姿を見たらどう思うかしら。家族にはちょっと見せられないなと判断し、私は真夜中の12時前にこっそり家を抜け出すことにした。車の後部座席で着替えようとしたのだが、私の車は2ドアのホンダ・アコードなので、後部座席が狭く、なかなか骨の折れる作業になった。たまたま通りかかった人が薄暗がりで、ごそごそ動いている窓の中を覗いたら、私がサンタの首を絞めているか、サンタといちゃついている最中だと思うかもしれない。ジーンズの上から穿けるかと一度試してみるが、きつきつだったので、私はパンツ一丁になってから、サンタのズボンを穿き、まず腰から下だけサンタになった。パジャマみたいなものだろうと予想していたが、なんだか捨てられたカーテンを巻いている感触だった。

今まで気にもしていなかったが、サンタの衣装にはふさふさした白い毛がたくさんついていた。ふと、この毛はどこから取ったのだろう? という考えが頭に浮かんだ。サンタは一年のほとんどを北極で過ごしているらしい。そんなに長い期間寒い場所で暮らしていれば、大量に毛皮が必要になるだろう。ということは、ホッキョクグマの数が減っているのは、地球温暖化のせいではなく、彼が白い毛皮を取るために殺しているから、ということか。そんなことを思ってほくそ笑んだ。大した考えではなかったけれど、夜中で頭が回っていないし、しかも車の後部座席でもがきながらだったから、これが思い付く精一杯のユーモアだった。

お腹を大きく見せるために詰め物をお腹にひもで巻き付け、その上からサンタのコートを着た。今頃コンナーは、ベッドですやすやと夢でも見ているのだろう。コンナーは「俺も起きてるよ」と申し出てくれたが、それは危険すぎるから寝てて、と私は言った。―もし私たちが一緒にいるところを見られたら、困った状況になるばかりでなく、計画がライリーに露見し、サンタがいないことも悟られてしまう。そうなれば、もう取り返しがつかない。ラナと母親も眠っているはずだった。―彼女たちも今夜、私が来るとは思ってもいないだろう。というか、そもそも私の顔を見ても、誰だっけ? としばらくピンと来ないのではないか。計画では、ライリーだけがサンタを待ちながらまだ起きていて、―あるいは、私が彼女の部屋に入ったら、彼女が目を覚まして、6歳の澄んだ目をまんまると見開き、うっとりと私の姿を見つめてくるのだ。そんな彼女を見たいという気持ちが芽生え、私はサンタ役を引き受けることにした。

私はまた、コンナーに渡すための私自身のプレゼントも持っていた。暗い車の中で、サンタのブーツと付けひげを手探りで探しながら、包装紙にくるまれた彼へのギフトボックスを手で打ち壊してしまわないように気を付けた。私たちが恋人になってから初めてのクリスマスということで、私は彼に何を贈るかについて、膨大な時間を費やし熟考してきた。彼はプレゼントは重要ではないと言うけれど、私は重要だと思う。―どれだけお金をかけたかという意味ではなく、私はこんなにもあなたのことを理解しているのよ、と箱を開けた瞬間に、私が選んだプレゼントが私の代わりに言ってくれるから。それと、クリスマスの三週間前にプレゼントを注文しても、クリスマス前に別れちゃってプレゼントが台無し、なんてことも十分あり得たわけだけど、幸いにも危険因子が私たちの関係に入り込むことはなく、今日までちゃんと付き合ってこれた。

着替え終わると、後部座席から運転席にそう簡単には移動できないことがわかった。ボリューム感のあるサンタの衣装を着たまま運転席に体を滑り込ませるには、座席を下げ、ハンドルに手を伸ばし、重いギアを切り替えるしんどさで、よいしょっと移動しなければなからなかった。ふと、天井も壁もないそりに乗ってやって来る本物のサンタが羨ましくなった。

私はコンナーの家にまだ数えるほどしか行ったことがなかった。しかも、まだ付き合っていない頃に何回か行ったきりだ。彼の母親は私を、彼が仲良くしている友人の一人だと認識しているだろう。私たちが二人で一つになろうと決める前、私たちは6人グループでつるんでいて、コンナーの家のソファーにみんなで座り、ポテトチップスが入ったボウルを取り囲んでいた。そうすると、たまにライリーが、私たち思春期グループのところにやって来て、お菓子をつまみ食いしながら、彼女に興味を示した私たちのうちの誰かに、色目を使うようにすり寄っていくのだった。一方、ラナは自分の部屋にこもったままで、彼女の部屋からは大音量で音楽が鳴り響いていた。私たちも結構ガヤガヤと騒がしくしていたのだが、それをしのぐ勢いで、ラナは音楽をかぶせてくるのだった。

サンタの恰好で普通に彼の家の私道に車を停めるのも、なんだかサンタ感がないなと思い、隣の家の前の公道の縁石に車を寄せて停めた。この恰好で車を降りたとき、それを見た通行人はどう思うだろう、とそればかりが気になる。―通りは不気味なくらい静かだった。路上で見えない者たちが、真夜中のクリスマスミサを開いている気配すらある。私は子供たちを励ますためにやって来た太った善意の使者というよりは、B級映画というか、―たとえば『サンタの殺人巡り』などのZ級ホラー映画に出てくる殺人鬼っぽいな、と自分を客観視してしまう。私はこれから善良な市民の家に押し入り、まだ知能の低いパジャマ姿のいたいけな子供を襲おうっていうのか。その時、コンナーの家の鍵をジーンズのポケットに入れっぱなしだったことに気づいた。車まで引き返し、上半身だけ車に入れポケットを探りながら、無能な連続殺人鬼だな、と呆れる。

それと、付けひげがかゆかった。


私たち家族はユダヤ人ではあったが、両親は子供だった私に、サンタは実在する、と肯定的に言った。ただ、私たちの家にやって来ることはない、と付け加えた。両親の説明は、時間的なやりくりの観点から、私を納得させた。

「彼はね、一晩ですごくたくさんの家を回らなければならないのよ」と母親は私に力説した。「だからね、もうユダヤのハヌカーの8日間を済ませた家は飛ばすの。そうしないと間に合わなくなっちゃうから。でも、サンタがそりに乗って、うちの上空を通り過ぎるとき、窓から手を振ることはできるわ。やってごらんなさい」

それで、私は子供の頃、クリスマスイブに夜更かしして、サンタが近所の家を訪問する際に私の姿が見えるように、窓の外に手を振っていた。実は、近所には私と同い年の少年がいたから、親が私にサンタはいないと真実を言えば、すぐに私がその子に話し、その子のサンタ幻想を壊してしまいかねない、という親の配慮だった。それはある意味で当たっていた。私は秘密を胸のうちにしまっておくことができずに、復活祭のウサギなんていないんだよ、と友達に言いふらし、彼らの夢をすでに壊していたから。ウサギが卵を配るなんておかしいよ、と。―ただ、世界中を飛び回ってプレゼントを配る太った男に関しては、なぜか私には理にかなっているように思えた。

結局、私が真実を暴くために必要な情報をくれたのは、その近所の少年だった。私たちは次のような会話をした。

彼:「サンタの別名はセイント・ニックっていうんだ」

私:「セイント・ニック・クロース?」

彼:「ううん、クロースはつかないよ。セイント・ニック、正式には聖ニコラス」

私:「でも、キリストの聖徒はもう全員死んでるよね? サンタクロースが聖徒の一人だったとしたら、もう死んでるんじゃない?

それを聞いた彼は、少し考え込んでから、真実にぶち当たったような表情になり、泣き出してしまった。


・・・


私はコンナーから練りに練られた指示を受けていた。その緻密さに、なんか『オーシャンズ11』みたいだなと思った。プレゼントはすでにクリスマスツリーの下に置かれ、何足かの靴下がいっぱいになるまで詰めてあるという。私の役目は、それをある程度引っ張り出して、ライリーの部屋のドアを押し開けることだった。すると彼女が目を覚まし、部屋からリビングルームに出てきて、私がプレゼントを靴下に詰めているところを目撃する、という手はずになっていた。私はコンナーに少なくとも5回は、「あなたの母親はベッドの下に拳銃を常備してないよね?」と同じことを確認した。撃たれたら、私の命が一巻の終わりだからだ。彼は絶対にそれはないと誓った。母親は常備薬を飲んでぐっすり眠っているはずだから、私がトナカイの一団に引っ張られ、彼女の部屋を通り抜けても絶対に起きないと言う。でも、そんなことしたら、トナカイの激しい息づかいで火災報知器が作動してしまうのではないか、と心配になったが、それは彼に言わずに胸のうちにしまっておいた。

本当の気持ちを言えば、コンナーには起きていてほしかった。彼の家なのだから、彼と行動をともにしたかった。私一人で彼の家のキッチンを忍び足で歩くのは、妙な気分だったし、どこかのシェルターのように静まり返った廊下を息をひそめて歩きながら、彼の息づかいが聞こえれば心強いのにな、と感じた。もちろん彼が一緒だと、私がサンタを演じるという芝居は意味がなくなってしまうのだが、できれば彼に舞台袖にいてもらって、戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』みたいに、台詞回しなどの指示をこっそり受けたかった。

舞台袖ではなく、廊下の壁に貼ってあった写真から、彼は私を見守っていた。彼の二人の妹の写真も飾ってあった。彼らのママが折に触れて、彼らの様々な表情をカメラに収めたもので、私がリビングルームに近づくにつれて、写真の中の彼らは幼少期からだんだんと成長していった。写真の中の人物でもいいから、誰かが私のこっけいな姿を見て笑ってくれたらいいのに、と思ったところで、左足のサンタのズボンのすそをブーツの靴底で踏んづけてしまい、慌てる。ズボンが破れてパンツが見えたらどうしよう。

リビングルームはクリスマスツリーの灯りで、ほのかに明るかった。色とりどりの電球がツリーに巻き付けてあり、ツリーの天辺には星が輝いていた。私の家はずっとユダヤ式だったから、一瞬面食らったが、うん、これが通常のクリスマスツリーよね、と納得した。―クリスマスツリーというのは、大前提として、ぱっと見、他のクリスマスツリーと同じ感じでなければならない。そしてよく見ると、ちょっとだけその家独自の工夫が凝らしてある、というのがベストなんでしょう。クリスマスツリーの下には、私が想像したほどたくさんのプレゼントは置かれていなかった。そういえば、この家には家族が4人しかいないんだった、と思い出す。―『サウンド・オブ・ミュージック』でトラップ家に家庭教師としてやって来たマリアみたいに、大勢の子供たちを相手にする必要はないのよね。それに、この家のクリスマスは、8日間ではなく、1日だけね。

ツリーの下にあったプレゼントを暖炉のそばに移しながら、自分の行動が可笑しく思える。―私は煙突から入ってきたことになっているから、プレゼントは暖炉のそばにないと不自然なわけで、サンタのふりをするなら徹底的に本物らしくする必要がある。とはいえ、このサンタのお腹だと、煙突をくぐり抜けることは物理的に不可能なんだけど。私は動揺する気持ちを、煙突の中のネズミくらい小さく抑えながら作業する。ライリーが今起きてきて、私がツリーの下からプレゼントを引っ張り出しているところを目撃されたら、私たちの計画は台無しになってしまうから。きっかり人数分のプレゼントを無事に移し終え、私はそこにコンナーへのプレゼントを紛れ込ませた。―そのことは彼に内緒にしてある。私は彼をびっくりさせるのが好きだから。

普段の私は、コンピューターの画面を見ている時は別として、こんなに遅くまで起きていることはそうそうない。部屋の熱気で脇の下を汗が伝い、自分が何を着ているのかを繰り返し思い出す。靴下に入ったプレゼントを全部出すのはやめにした。どのプレゼントがどの靴下に入っていたかをすべて記憶し、ちゃんと元通りに戻せる自信がなかったから。

さて、ライリーの部屋のドアをノックし、私の存在を彼女に知らせなきゃ。彼女が部屋から出てこなかったらどうしよう、と不安がよぎる。部屋の中まで入っていって、彼女を揺すって起こさないといけないかしら? だけど、目覚めたら目の前に、自分にのしかかってくる体勢のサンタがいたら、確実に彼女のトラウマになっちゃうわ。彼女は悲鳴を上げるでしょうし、それを聞いた母親も起きてきちゃう。私は見た目は男だから、その状況をうまく説明できる自信がない。それだけは何としても避けなくちゃ。

ライリーの部屋は簡単に特定できた。―ディズニーのプリンセスたちがドアに描かれていたから。同性愛を象徴するレインボーカラーのドアは、コンナーの部屋っぽいわね。ジングルベルを鳴らす鈴を持って来れば良かった。ノックをしても反応がない。屋根の上に舞い降りて、足音を響かせるトナカイを連れて来れば良かった。ノックする部屋を間違えたのかしら? 『アナと雪の女王』のエルサが、氷のような冷たい目を向けてきた。『リトル・マーメイド』のアリエルは、水中で溺れている憐れな私を見るような目つきで見てくる。『美女と野獣』の快活なベルにさえ、冷めた笑顔を向けられ、こう言われている気分になる。サンタになるのはいいけど、中途半端な真似だけはやめてね。やるならちゃんとやりなさい。さもないと、来年のハヌカーは8日じゃなくて、5日でおしまいよ。

反応がないドアに耳を寄せてみる。私の付けひげが、ベルの頬をカサカサと撫でる。それから私は、音節ごとにちょっとずつ声を大きくして、「ほ...ほぉ...ほお!」と言ってみた。すると、ドアの向こう側からゴソゴソと、彼女が起き出す音が聞こえた。―その素早い動きは、彼女がサンタの到来を待ちわびていたことを意味する。私は、実際の私よりも百キロ以上大きくなった気分で、―威厳に満ちたサンタの足取りで、一足先にリビングに向かった。

廊下の角を曲がったところで、小瓶サイズの足音が私を追ってくるのがわかった。私に気づかれまいと忍び足を試みているのかもしれないが、うまく気持ちを抑えられないようで、パタパタと早足になる。

私は自問しなければならない。本物のサンタならどう振る舞う? 私はプレゼントを置いた暖炉に向かい、それらを元々あったツリーの下に戻し始める。荷物運びってなんかちょっと、つまらない仕事というか、付き人にやらせたくなる。―ティンカーベルみたいな妖精が粉を振りまいて、ちょちょいのちょいと運んでくれればいいのに。でもサンタは一人で旅する男だし、これも今夜の興行の一部なのだ。私は口笛を吹こうを思い立つが、「サンタクロースが町にやって来るぞー」と歌うのは、あまりにも自己中心的に思え、かと言って、一人で「ジングルベル」を歌うのは、なんだか―。

「すみません」と、小さな声が思考を遮った。

視線を下げるように見れば、ふんわりしたワンピース型のネグリジェを着たライリーがいて、ピーターパンが部屋に入ってきた時のウェンディを思い起こさせる。ただ、それを着ているライリー自身は、ウェンディというより、ティンカーベルみたいだ。ライリーはこの時間の女の子らしく、しょぼんと眠そうな目をしていた。しかし、彼女の声はハキハキと明瞭だった。

コンナーの話では、ライリーはサンタの作業を見守っているだけで、話しかけてはこない、と聞いていた。彼女は私がプレゼントを置いている姿を見て、クリスマスの願いが叶ったと喜び、駆け足でベッドに戻る、はずだった。

「何かな? お嬢ちゃん」と私は言う。意識的に声を低くして、おとぎ話によく出て来る悪いオオカミっぽく言ってみるが、中途半端に声が引きつってしまい、レッドブルを3本飲んでハイになったオオカミっぽくなってしまった。

「あなたって本物?」

「もちろん本物だよ! ほら、ちゃんとここにいるでしょ!」

この論理は彼女を満足させたようだった...けれど、それは一瞬に過ぎなかった。

「でも、あなたって誰?」と彼女が聞いてくる。

誰であってほしい? と聞き返しそうになる。だけど、聞くのをやめた。彼女が望む人は、私ではない。サンタクロースでもない。きっとパパだ。

部屋の薄暗さと、付けひげの粘着力の強さのおかげで、私の顔は認識されていない。普段のスニーカーからサンタのブーツに履き替えてきたのも正解だった。とにかく、彼女のサンタ幻想を壊すようなへまだけは避けなければならない。かといって、どう答えればいいのだろう? このまま、ぎこちない微笑みを彼女に投げかけていては、ますます怪しまれるだけだし、今が、彼女が人生で初めて不信を抱いたその時になってしまう。

しかし同時に...私はサンタクロースだよ、と言う踏ん切りがどうしてもつかない。そもそも私はサンタクロースではないし、そこまで口達者なわけでもない。彼女が自然に信じるような嘘をつけるかどうか、不安感が膨らむ。

そこで私は、ジャム入りドーナツになったつもりで、まんまると笑顔になって言った。「君は私が誰か知ってるでしょ。今夜、北極から君の家まではるばるやって来たんだよ」

彼女の目がまんまると開いた。その瞬間、北極からそんなにすぐに来れるのかといった論理的な疑問は吹き飛び、彼女は驚嘆を一身に受けたような表情をする。血がつながっているだけあって、コンナーにそっくりな表情だ、と私は感じる。コンナーもクールに内面を隠すタイプではないから、彼にとって目の前のものが特別かどうか、彼の表情を見ればすぐにわかるのだ。―たとえば、『ハロルドとモード』を見ている時の彼は、歓喜に今にもむせび泣くようだし、ラジオからお気に入りの曲が流れてきた瞬間には、パッと光が差したようなにこやかな顔をするし、彼が私を待っている部屋に私が入っていった瞬間には、飾らない笑顔を向けてくれる。彼には取り繕ったり、気取った感じがまるでないのだ。上辺だけクールに装う、という概念自体を知らないのではないかと思ってしまうほど、彼は飾らない人だから、時々私まで、自然体でいればいいかな、という気にさせてくれる。

今、目の前にいるのはライリーだった。彼女は幼少期の繊細な殻が割れつつある年齢に差し掛かっている。この時期デパートに行けば会えるサンタクロースだったら、どういう質問をするのか、私は知っている。―今年、君はいい子にしてたかな? サンタさんにどんなプレゼントをお願いする? だけど、それは私が言いたいことではなかった。

「信じることをやめちゃだめだよ」と私は彼女に言った。

彼女は小首をかしげて私を見つめてきた。「歌みたいに?」

私は声を立てて笑ってしまう。「ほぉほぉほぉ!」そして続けた。「そう、その通り。そういう歌あったね」

私はそう言いながら、彼女の目をまっすぐに見られる位置までかがみ込んだ。すると、彼女が私の付けひげに向かって手を伸ばしてきた。グイッと引っ張られ、素顔を暴かれてしまうのではないか、と一瞬たじろぐ。しかし彼女の手は付けひげを通り越し、私の肩をポンと、ねぎらうように叩いた。

「あなたはとてもよくやってるわ」と彼女が言った。

褒められたのはわかったけれど、サンタのふりが上手いと褒められたのか、サンタとしての仕事っぷりを褒められたのか、判別がつかない。たとえ前者だったとしても、褒められた手前、サンタのふりをこのまま上手く続ける以外に選択の余地はなさそうだ。

「ほぉほぉほぉー! ありがとう、ライリー!」

彼女は驚いて、嬉しそうに言った。「あなたって私の名前を知ってるの!」

「もちろん! 名前を知らなかったら、プレゼントを君の家まで届けられないでしょ?」

この発言は彼女を納得させ喜ばせたようで、 彼女はうなずきながら、一歩下がった。

私は微笑む。

彼女も微笑む。

私はもっとにっこりと微笑み、少し後ずさりして立ち去る素振りを見せる。

彼女も笑顔を返してくるが、動こうとはしない。

サンタが腕時計を見遣るのは、失礼な行為なのかどうか迷う。

彼女はじっと私を見続けている。

「それじゃあ...ええと...君が見てる前でプレゼントを配るというのは、サンタのルールに反する行為なんだ」

「でも、サンタってあなた一人でしょ。今新しいルールを作っちゃえばいいじゃない?」

私は首を横に振る。「それはだめだよ。サンタのルールは代々引き継がれているものだから」

「じゃあ、あなたの前のサンタは誰だったの?」

私はちょっと考えてから、「私のママだよ」と言った。

それを聞くと、彼女はクスクスと笑い出した。

私は微笑む。

彼女も微笑む。

依然として彼女はリビングから出て行こうとしない。

私はこの様子をコンナーがドアの陰から見ている姿を想像する。きっと面白がって、今にも笑い出しそうになっているに違いない。

君ってさよならが苦手だよね、彼の言葉が耳元で聞こえた気がした。たしかに、私はさよならが苦手だ。彼とメッセージのやり取りをしていて、私が最初におやすみと入力してから、実際にやり取りを切り上げて画面を閉じるまでの平均時間は、大体47分なのだから。

「トナカイたちが待ってるんだ」と私は言った。「他の子供たちの家にも行かないとだし。君の家は実際、今夜回るルートのまだ最初の方だからね」

まだ6歳くらいだと、他の人がどうとか、そんな大義名分を聞かされても、たやすく納得しないものなんだけど、ライリーは理解を示したような表情になり、少し後ずさり、しばし考え込んだ。

それから、私の心の準備ができる前に、彼女はハグしようと私のお腹に飛び込んできた。私のお腹に仕込んである枕に、もふっと彼女の顔がめり込む。彼女は腕を私のお尻の方まで回してくる。そんなに強く抱きしめたら、この感触は本物の枕だとばれてしまう。サンタのズボンがぶかぶかで、私の足には大きすぎると察知されてしまう。しかし、今彼女の頭にあるのは、抱きしめている、という考えのみだった。今、彼女は全身全霊で抱きしめている。私を誰だと思っているのかは定かではないが、とにかく必死でしがみついている。6歳が出せるありったけの力で抱きしめられながら、私は思う。

彼女は、私が本物であることを確かめているのだ。

「メリークリスマス、ライリー」とサンタは言った。「メリー、メリー、メリークリスマス」

彼女は体を引き離し、私を見上げると、任務につくような真剣さで言った。「あたしは寝ないとだから、もうそろそろ行くね」

「素敵な夢を見られますように」と、サンタは彼女の頭に見えない粉を振りかけた。それから、おまじないの締めくくりとして、「ほぉほぉほぉ!」と付け加えた。

ライリーは来た時と同じくらい注意深い足取りで廊下を歩いて自分の部屋に戻っていった。この秘密を他の家族に内緒にしようとしているのかもしれない。

彼女が行ってしまうの見届け、彼女の部屋のドアがカチャと閉まる音が聞こえるまで待ってから、私は残りのプレゼントをツリーの下に運ぶ作業を再開した。すると、1分もしないうちに別の音が鳴った。それはパチパチパチ...という拍手だった。

「ブラボー、サンタ」と皮肉めいた声が言う。「あんな風に小さい子を騙したら、そりゃあ、あなたはさぞかし気分いいでしょうね」

ラナがキッチンへ通じている扉口に立っていた。丈が長いナイトシャツを着て、スウェットパンツを穿いている。寝る時の格好らしいが、今夜はまだ一睡もしていないように見える。彼女は性格もヴァンパイアっぽいのだが、―ヴァンパイアのごとく一晩中起きてるなんてことも、可能性としてはなくはない。

「ハイ、ラナ」と私は静かに言った。ライリーに会話を聞かれたくなかった。

「ハイ、サンタ」彼女はリビングに足を踏み入れると、私の全身をじろじろと眺めてきた。私は12歳の調査官に怪しむ目で全身を見られることに慣れていないので、どぎまぎする。「あなたがこれをする代わりに、うちの兄があなたにどんな性的サービスをするっていう約束なのか、私の知ったことではないけど、あなたって脳タリンのぼんくらって感じね」

「こうして君に会えるなんて、私も感激だよ!」と私はサンタが歌うように言って、プレゼントをツリーの下に戻す作業を続けた。

「なに、私には『ほぉほぉほぉ!』は無し? 私が今年は悪い子だったから? 一人の老人がそういうジャッジを下すのって公平っていえるかしら、しかもサンタって白人でしょ。私へのプレゼントは、まさか石炭の破片ってことはないでしょうね?」

しー、彼女に聞こえちゃうだろ」

「あら、どうして? べつに聞こえたっていいじゃない。コンナーがサンタ幻想を壊さないようにって頑張ってるのは知ってるけど、そんなの馬鹿みたい。っていうか、なんでうちの衣装を勝手にあんたなんかに貸してるの? 信じられない。コンナーにそんなことする権利はないわ」

私はまだコンナーと付き合い始めて間もないから、彼の妹と大声で言い合うわけにはいかない。それができるのは、もっと彼との絆が深まってから、ずっと先の話だ。私は彼女を無視して、視線をプレゼントに戻し、作業を続けた。もうすぐすべてのプレゼントを移し終わる。そしたら、さっさと立ち去ろう。

「なに...トナカイに舌を抜かれて喋れないとか?」ラナがからかい口調で言う。「ああ、なるほどね。そういうことか。ライリーには、あんたたちが勝手に思い描いてる妄想を押しつけておいて、私には目もくれないってわけね。あんたたちは、私なんかどうでもいいって思ってるんでしょ」

「ラナ、本当に、声を抑えてくれ、頼むよ」

お願い! サンタさん、あなたって本当に、礼儀正しいわね」彼女がどんどん近づいてくる。「コンナーがあなたを好きなのも、凄くわかるわ」

コンナーが私を好きだとか、そういうことを言われたら、普通なら飛び跳ねたくなるほどハッピーな気分になるものだけど、彼女の言い方は、裁判で私を糾弾しているようでもあった。

「毎年サンタ役は誰がやってたか、知ってるんでしょ?」と彼女は続けた。「それは本当は誰の衣装かわかってるんでしょ? 私だってライリーみたいに、何年もの間、馬鹿げた幻想を信じてたわよ。本物のサンタだって思ってたし、毎年こうして来てくれるんだって信じてた。だけど、もうだめね。コンナーがこんなにも馬鹿だったなんて。関係のないあなたにそれを着させて、こんなことして。こうすれば、彼は惨めな気持ちにならずに済むと思ったのかしらね。私たちはとっくに見捨てられて、どうしたって惨めなのに」

私は最後のプレゼントを元の場所に戻し終えた。

「何か言いなさいよ。彼を弁護することもできないの? それが理にかなってる行為だって、正当化しなさいよ。あなたがここにいるのは正しいことだって、弁明してみせてよ。何もかもめちゃくちゃにしておいて、涼しい顔して、ほら、元通りだろって言ってみなさいよ」

私は初めて彼女の目を見た。しかし、彼女が私を見つめる目つきがあまりにも敵意に満ちていたから、すぐに目を逸らしてしまう。

「私は彼に頼まれたから、彼のためにここにいるんだよ」と私は言った。「ただそれだけ」

あぁぁぁ、なんて可愛らしいの」と彼女は、私が子猫にでもなったかのような声を上げた。「あなたって誰かさんにぞっこんなのね、そうでちゅよね?

今回はもう我慢できなかった。今回ばかりは何か言わなければならない。私は再び彼女の目を見て、今度は揺るぎない眼差しで、言った。「その通り。私は彼に、ぞっこんだ」

一瞬、彼女が沈黙した。一瞬、私がきっぱり宣言したことで彼女をなだめることができたのかと思った。一瞬、彼女は理解してくれたのかと。しかし彼女は復活した。彼女が元に戻る変化を認識できないほどスムーズに、彼女は復活した。

「私はあんたが大っ嫌い」と彼女が言う。

私は不意を打たれて、危うく気絶しそうだった。

「なんで?」と私は聞いた。

「あなたには彼は手に負えないからよ。あなたは彼と付き合い始めることもできないでしょうね。彼をあなたのものにはできないってこと。彼のためとか言って、あなたにはここでこんなことやってる資格はないのよ。勝手に自分は必要な人間だなんて、勘違いしないでちょうだい」

思わず、ごめんなさい、と謝りそうになる。家の中にお邪魔してしまったこと、それから、もう一年だけでも、と夢を先延ばしにするように、彼女の妹を騙してしまったことを謝りたかった。

でも本当のところ、私は申し訳ないとは思っていない。それで私は謝らずに、言った。「君は凄く怒ってるね」

「当たり前でしょ! 私にはそれだけの正当な理由があるのよ」

「でも、私にどうしろって言うんだよ」

そう言ってすぐに、私は見当違いのことを言ったと気づいた。そもそも、彼女は私のことで怒っているわけではないのだ。

「べつにあなたがゲイだから言ってるわけじゃないのよ」とラナは言った。「わかるでしょ? あなたが女の子だったとしても、私は同じくらい腹立たしい気持ちになってるわ」

その妙な歩み寄りに喜ぶべきかどうか、不思議な気分になる。

「それじゃあ、クリスマスに何が欲しいのかな? お嬢ちゃん」私はサンタの声に再び切り替えた。

私は彼女がお嬢ちゃんの部分に反応して、切れ気味に罵ってくると思い、身構えた。けれど、意外にも落ち着いた口調で、彼女は言った。「私がその衣装を着て欲しいのは、あなたじゃないわ」

私は頷いて、自分の地声に戻した。「気持ちはわかるよ。わかるけど、サンタが現実的に君にあげられるものを言ってもらわないと、こっちだって困るよ」

「なんか、あなたは何もプレゼントを用意して来なかった、みたいな言い方ね」

「一つだけ持って来たよ」

「ライリーに? ああ、コンナーにね」

「君には何も用意して来なかったけど、その理由を考えてほしいな」

「どうして?」

「君はいつも私に対して、目の敵にしてるみたいに、きつく当たってくるじゃないか」

彼女は驚いた表情をして、笑い出した。「それなら仕方ないわね」

私たちはしばしの間、黙り込んだ。そこに別の音が聞こえ、二人してそちらを振り向く。

廊下の向こうでドアが開いた音だった。私たちは黙ったまま耳を澄ます。

小さな足が近づいてくる音。

「あーあ」とラナが囁いた。

ライリーが再びリビングに入って来て、ラナが私と一緒にいるのを見て、ほんの少しだけ戸惑ったように首を傾げた。

「彼にクッキーをあげた?」と妹がお姉ちゃんに聞いた。「寝ようと思ってベッドに入ったんだけど、彼にクッキーをあげるの忘れたって思い出したの」

それを聞いた姉は、ためらう様子も見せず、答えた。「今、取って来ようと思ったところ」

ラナはキッチンへ向かって行った。ライリーは、自分の気持ちを抑えられない様子で、ツリーの下のプレゼントをじっと見ている。私も子供の頃、メノーラーの燭台の周りに置かれたプレゼントをこんな風に見つめていたな、と懐かしい気持ちになる。―どのプレゼントが私のだろう、中には何が入っているんだろう、とそわそわしていた。私の母は、中身に見合わないほど大きな箱にプレゼントを入れがちだったから、まんまと母の術中にはまり、ことごとく私の予想は外れた。

「次はどこへ行くの?」とライリーが私に聞いた。

「ネブラスカ」と私は答える。

彼女は頷く。

ラナがキッチンから戻って来た。両手にお皿とコップを持ち、お皿の上には〈ペパリッジファーム〉のクッキーが乗っていて、コップには牛乳が入っていた。

「はい、どうぞ」と、彼女がそれを私に差し出してきた。

私はクッキーを一つ取り、口に入れた。少ししけっている食感だった。

「美味しい! 夜中に食べたクッキーの中で最高の味だよ!」私はライリーをがっかりさせないために、そう宣言した。

ラナは「いいかげんなこと言ってんじゃねえよ」とか言いたそうな顔をしていたけれど、それは胸の内にしまっておいてくれた。

「それじゃあ、そろそろ」とラナが言う。「もうあなたは行かなきゃでしょ」

「ネブラスカへね!」と、ライリーが鐘のような声を上げる。

不思議なことに、私はこのままここに居残りたい気持ちになっていた。せっかくこうして3人が同じ空間を共有しているんだし、少なくとも姉妹のうち一人は、私が本当は誰かを知っているんだから、もうサンタのふりはいい気がしてきた。ラナがコンナーを起こしてくるよ、と提案してくれればいいのに、と思った。そして、コンナーも加わった4人で朝陽が昇るまで、クッキーを食べながら和気あいあいと過ごしたい。

「ほら、なにぐずぐずしてるのよ」と、ラナが私の思考に割って入ってきた。「ネブラスカが待ってるんでしょ」

「そうだった。その通り」と私は言って、ドアに向かって歩き始めた。

「そっちじゃないでしょ!」とラナが、煙突のついた暖炉を指差して言った。「屋根へ出られるのは、この煙突だけよ」

ライリーが私の行動に注目している。私は必死に、玄関から出なければならない理にかなった理由を探すが、何かあるはずだと焦るばかりで、何も思い浮かばない。

仕方なく私は暖炉に向かって行った。暖炉は全く使われていないように見えた。私は身を乗り出し、頭を突っ込み、煙突の中を見る。煙突はあまり広くなかった。一旦頭を抜き、背筋を伸ばすと、ライリーを見た。視線がぶつかる。

「ほら、君はもう寝ないと!」私は彼女を急かす。

ライリーが手を振ってきた。ラナはニヤニヤと笑いをこらえている。

「空の旅、気をつけてね」とラナが言った。

他にどうしたらいいのかわからず、私は身をかがめて、暖炉の中に入っていった。それから、私は自分の体が隠れるくらいまで煙突の中を登ると、そこで留まって、200まで数えることにした。―私が囲まれているクモの巣とほぼ同じ数だった。一瞬、お腹が圧迫されて胃が押し潰されるのではないかと恐れたけれど、私の胃には若干の余裕があった。―私は即席のサンタだから、今さっきクッキーを一つ食べただけだ。他の家々も回って、行く先々でクッキーをもらって食べていたら、お腹がパンパンで大変なことになっていただろう。舌が埃でじゃりじゃりした。目の中にも埃が入ってきた。家に出入りする方法として、煙突が最悪の部類に入ることはたしかだった。サンタはなぜ屋根の上に舞い降りて、わざわざこんなところを通るのか? 普通のお客さんみたいに、家に続く私道にトナカイとそりを停めておけばよくないか?

ラナがライリーに、おやすみ、と安眠を願う言葉をかけているのが聞こえた。二つのドアが閉まる音が聞こえてから、私はそっと煙突から下り、暖炉から身を引き抜いた。サンタの衣装が埃をかぶったように汚れていて、私は体を揺すって、できるだけ埃を振り払った。カーペットに雪が降り積もるように、埃が舞い落ちるが、知ったことではない。この埃はラナに説明させればいい。

これでようやく、私の任務は完了した。でも、どこか虚しさを感じる。彼の家にいるのに、彼に会っていないからだ。このままここを立ち去るなんてできない。彼に会うことは計画には入っていないが、今私の身に降りかかった一連の出来事だって、計画外だ。私がここにいることを彼に知らせなければ、私自身の任務は完遂しないのだ。

家の中は再び夜中の静寂に包まれた。時計が一秒ごとに時を刻む音が聞こえ、その背後で、冷蔵庫だろうか、何かがうめいているような低音が微かに聞こえてくる。私は慎重に歩みを進め、立ち止まる。ライリーがもう寝てしまったという保証はない。というか、こんなにすぐには寝ていないのではないか。ライリーの部屋の前を通らなければ、その先にあるコンナーの部屋にはたどり着けない。私はライリーの部屋の手前で固まったように立ち尽くす。こんな風にじっと立っていることなんて、ほとんどないな、とふと思った。この家族に加わりたいなんて、そんなの私には無理な願望なんだ。ただの傍観者として、外から眺めているのがお似合いだと自分に言い聞かせ、私はそっと引き返した。時間潰しには最適の、最強の武器であるスマホを、車の中に置いてきてしまった。いわば非武装状態で、私は周りを見回す。クリスマスツリーの灯りにほのかに照らされたリビングルームは、どこかしら寂しそうに、ひっそりとその機能を休止している。寂しそうなのは、何かが欠けているからだろうが、私がその何か、なわけはない。壁際の棚には本が並んでいるようだったが、薄暗くて、どんな本が収まっているのかわからない。本は一列ずつ、お互いに寄りかかるような形で並んでいる。本の列が短い段があり、小さなフィギュアがペアになって、両脇から本を守るように置かれていた。それから、塩やコショウの入れ物も並べられていた。誰かのコレクションだろうか。

どれくらいの時間が経過しただろうか、棚を眺めてそんなことを考えていると、時間の流れがゆるやかになったような感覚になる。ここは私の家ではない、と気づいた。そして未来永劫、ここが私の家になることはないのだ、という思いに襲われる。ラナがまたここに出て来てくれないかな、と少し期待した。あなた、なんでまだここにいるの? さっさと帰りなさいよ、とたしなめてほしい。そうすれば、私は彼女の兄の名前を言うしか選択肢がなくなるだろうから。

私は彼に求められ、ここにいるのだ。それなのに、なぜこんなに虚しい思いに駆られているのか? 恋人としてここに呼ばれたわけじゃないからだ。彼が私を恋人として、家族に紹介している光景を思い描く。そこのダイニングテーブルに私も座り、冗談を言ってライリーを笑わせたり、クールなラナさえも思わず笑ってしまうような、もっと面白い冗談を言ったりして、私は自然に彼の手を握る。私たちが手をつないでいるのを見ても、みんな笑顔のままだ。私はずっと彼の手を握っていたい。彼に愛してほしい。私が優しい時も、私が意地悪な時も、私を愛していてほしい。たまらない気持ちが全身を包む。私の全てが彼を求めている。

こんな風に恋にどっぷり落ちると、不安になる。どんどん要求が大きくなっていくから。私の人生が彼の人生にぴったりはまるなんてことはずっとないのかもしれない、と不安になる。私が彼という人間を知ることもないし、彼が私を知ることも、この先ずっとない気がしてくる。お互いに上辺だけ取り繕った話を言い合い、聞き合い、いつまでも、心から本当の話を語り合う関係にはなれないのではないか。私は不安の渦に溺れそうだった。

「もういい」と私は声に出して自分に言い聞かせた。声に出さないことには、自分の耳に届かない気がしたから。

自分の声が静寂に響き、慌てて耳を澄ます。ライリーの部屋か、もしくはラナの部屋のドアが開かないことを願う。サンタがまだいることを、あるいは私がまだいることを察知されてはならない。

私はもう一度コンナーの部屋を目指し、廊下を進むことにした。なんとか二人の部屋を通り過ぎ、コンナーの部屋が視界に入る。

彼の部屋の前に立った時だった。今にもドアを開けて、中に入り込もうとしたその時、廊下に私の他にも誰かがいるのを感じた。私は振り返る。そこには女性が立っていた。―寝室から出てきたコンナーの母親だった。彼女は眠そうに目をうっすらと開けて、こちらを見ている。髪の毛はだらりと垂れ下がり、胸元が最大限まで開いた薄い生地のナイトガウンを着ていた。私はそれを見て、テネシー・ウィリアムズの『熱いトタン屋根の猫』を思い出し、悲しくなった。彼女もまた、欲求不満の女性なのかもしれない。彼女はそのガウンをかなり昔から、かなりの頻度で着続けているのだろう。そのガウンはしなびた野菜のように、力なく彼女の体を覆っていた。そんな風に見てはいけないと思いつつも、暗がりに浮かび上がる幽霊のような彼女は、古びたポスターのように惨めに霞んで見えた。

彼女も私を幽霊だと思い、はっきりと認識されずに済めばいいと願った。今さら隠れるわけにもいかず、私は説明するしかないと思った。すべてをわかりやすく伝えるには何から話そうかと思案していると、彼女が先に口を開いた。

「あなたは今までどこにいたの?」

どこって言われても、煙突の中ですとも言えず、私は正しい返答を探し、うろたえてしまう。

「サプライズなんです」と私は言ってみる。

彼女が頷いた。その意味を理解してくれたようだ。それから、彼女が何か言うだろうと待ってみたが、彼女は頷いただけで、何も言わずに自分の寝室に戻ってしまった。彼女の背後でドアが閉じられ、私は再び一人きりになる。

なんだか見てはいけないものを見てしまった気分だ。彼女は忘れるかもしれないが、私はきっといつまでも覚えているだろう。その瞬間、サンタは行く先々で、良からぬものを目撃しているのかもしれないな、とサンタに同情した。不法侵入の見返りに、人間の見る必要のない姿まで目の当たりにしてしまうなんて。ただ、本物のサンタの場合、相手は見ず知らずの他人ばかりだろうから、それほど悲しくもないか。

私は彼女と廊下で出くわしたことをコンナーに話すつもりはなかった。彼の顔を一目見て、おやすみと一言声をかけたい一心だった。そっと彼の部屋に忍び込み、できるだけ音を立てないように静かにドアを閉めた。彼には起きていてほしかった。私が作戦をうまく実行しているか、起きて考えていてほしかった。二人だけの、邪魔する人が誰もいない空間で、私に声をかけてきてほしかったのだが、聞こえてきたのは彼の寝息だけだった。窓から月の光が差し込んでいて、部屋の中はうっすらと藍色を帯びていた。ベッドで彼が寝ている。彼が呼吸するたびに、彼の真上の空気が上下にゆらめくのが見えるようだ。彼のスマホがベッドの横の床に落ちていた。きっと彼の手から滑り落ちたのだろう。彼の助けを求めて、私から電話がかかってくるのを待っていてくれたんだ。

私は彼が寝ている姿を見たことがなかった。こんなにも安心しきった表情を見たことがなかった。彼にとってここは、何者にも脅かされることのない、絶対的に安全な場所なんだ。私の心は、否応なく、彼に引き寄せられてゆく。彼の眠っている姿を眺めながら、私はこの先ずっと、とてつもなく長い時間、彼を愛し続けることができるだろうと感じた。

だけど、私はここに含まれていないのだ。彼を愛している、なんて思っても、そんなの私の自意識の放出に過ぎないではないか。ここで彼を起こしても、こんなにも安らかな、彼の眠りを邪魔するだけだ。きっと今彼が見ている夢に私は出て来ていない。私は正面玄関ではなく、勝手に煙突から入り込んだだけの、ただの部外者なんだ。

私は彼を起こす勇気が出ないまま、帽子を取って、付けひげを外した。それからブーツを脱いで脇に置く。お腹のひもをゆるめ、お腹から枕を床に落とした。私の体を覆っていた赤いカーテンのような衣装を、頭から抜くようにして脱ぐ。ズボンも脱ぐと、足が冷気にひんやりとした。私はこの一連の動作を静かにやったつもりだったのだが、サンタの衣装を赤い正方形になるように畳んでいる途中で、コンナーが私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

彼が起きて私を認識してくれた。それだけで十分だった。彼に近づくと、彼の瞳の中に私を歓迎する色が見て取れた。それだけで満足だった。彼の髪があちこちの方向に飛び跳ねているのを見られただけで十分だった。彼のパジャマのズボンにはたくさんのカウボーイが描かれていると知れただけで満足だった。彼が「寝ちゃったなんて信じられない」と言って、言い訳してくれただけで、私には十分だった。彼が手を伸ばしてきて、私を引き寄せてくれただけで、私は満足だった。私も彼の寝ているベッドに入り、彼と同じ毛布を半分かけてもらっただけで、十分だった。私の肩に彼の手が乗ってきて、私の唇に彼の唇がそっと重なっただけで、私は十分に満足だった。それなのに、なぜかしっくりこなかった。私はまだ、ここにいてはいけない人間なんだと感じていた。

「私は偽者だから」と私は囁いた。

「偽者だっていいじゃないか」と彼が囁き返してきた。「君は正しい偽者なんだから」

サンタの衣装を脱いでしまったから、私は肌寒くて震えていた。サンタの衣装を脱いでしまったから、私は私でしかなくなってしまった。クリスマスの真夜中に彼の家に忍び込んだ、ただの私になってしまった。サンタの衣装を脱いで、私は本物の私になれただろうか。これが現実だったらいいのに、と思った。これが物事のあるべき姿であることを願った。今はまだそうでなくても、将来そうなりますように。

コンナーは私が震えているのを感じ取ったのだろう。何も言わずに、彼は私の体と彼の体を一緒くたにして毛布でくるんでくれた。彼の家の中で、毛布の中が私たち二人のホームになった。この世界にできた私たちの世界。

窓の外では、月を横切ってトナカイが飛んでいるのかもしれない。外の世界には、正しくない答えを言った方がいい質問や、ついた方がいい嘘があるのかもしれない。外の世界は、寒いのかもしれない。だけど、私は今ここにいて、彼もここにいるんだ。今私の頭にあるのは、彼が私の体を温めようと私を抱きしめている、という考えのみだった。そして、私も全身全霊で彼を抱きしめている。いつか、私はここに含まれていてもいいんだ、と思えるまで。


了(涙)




〔感想〕(2020年5月29日)ブルーインパルスが東京上空を飛んだ日。ただ、藍は埼玉なので、どんなに目を凝らしても見えず...号泣(絃子ちゃん結婚して~!)←ブルーインパルスが見たいからかよ!!笑


囲碁的に言うと布石っぽく、銃に対する恐怖心の記述が前半にあったので、

後半でコンナーの母親が廊下に出てきた時には、撃たれるのではないか! と思って身構えてしまったけれど、笑

母親は察しの良い人でした^^

撃たれて終わる結末も、アメリカ的でかっこいいかも! とも思ったけれど...


それで、その母親が着ていたナイトガウンが、こちら!

上の2枚がスカーレット・ヨハンソンで、

下の2枚がエリザベス・テイラーです。

(日本的に言うと、同じ作品『セーラー服と機関銃』を、薬師丸ひろ子と橋本環奈が演じたみたいな感じかな!)


4枚目の写真で、なぜ夫は、こんなにセクシーなナイトガウン(ネグリジェ)から目を逸らして俯いてしまうのか? 答えは、この夫がゲイだからです!!


藍の好きな映画『アメリカン・ビューティー』にも、同様に夫がゲイで性的に欲求不満な女性が出てくるので、しかもタイトルがAmerican Beauty(アメリカ的な美しさ)なので、

ゲイはアメリカ的なのかもしれません!←アメリカン・ビューティーってバラの名前じゃない?←たぶんDouble meaning(二重の意味)だよ^^


この小説『即席のサンタクロース』に戻ると、

なぜコンナーの父親はいなくなってしまったのか、その理由は書かれていないので想像するしかないのですが、

子供にとっては、理由よりも、いるか、いないか、という事実のみが重要なのでしょう。

ライリーが「本物かどうか」にこだわるのも、その辺の線引きに重要な意味があるからでしょう!

それはきっと、「家族」かどうか、ということですね。


主人公の「私」が、外側だ、内側だ、自分は中にいてもいいのか、いけないのか、と絶えず自問を繰り返しているのも、その線引きが重要だからです。


藍にとって印象的だったシーンは、ラストシーンと、ライリーが「私」に抱きつくシーンと、もう一つがここ!


「彼が私を恋人として、家族に紹介している光景を思い描く。そこのダイニングテーブルに私も座り、冗談を言ってライリーを笑わせたり、クールなラナさえも思わず笑ってしまうような、もっと面白い冗談を言ったりして、私は自然に彼の手を握る。私たちが手をつないでいるのを見ても、みんな笑顔のままだ。」


これは「私」の想像の光景だけど、完全に100%「家族」として内側に受け入れられたことがわかる素敵な場面で、藍はここでも泣きました...藍も「信じることをやめちゃだめだよ」と自分に言い聞かせながら、同じような夢を見ているから...泣







藍's color

新宿ルミネの7階辺りに劇場ができたばかりの頃、レナちゃんと観に行った。次々と漫才師が繰り出すボケとツッコミに、二人してゲラゲラと笑っていた。by 藍 (懐かしい、美しいものばかり思い出されるのだから。by 太宰治)

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